甘くてとろけるケーキのようだと、 この家に帰ってくるたびに思う。 ふんわりしたクリーム色が たっぷりと塗られた外観は、 夜を照らす灯りのように わたしをいつも導いてくれる。

ケーキの中には果物があり、 この家の中には彼女がいる。 どちらもみずみずしく 生命力に満ち溢れたそれらは、 関わる人の心にポッと 生きる活力をくれるのだ。

玄関を開けると、だいたい 上から彼女の歌う声がする。 歌声に誘導されるように、 シューズボックスに 靴を入れたらすぐに 階段をトントンと上がる。

2階建ての2LDK。 彼女と暮らし始めて、 あっという間に1年が経つ。

楽器相談ができるこの家を、 見つけてきたのは彼女だった。 この家で一緒に暮らさないかと、 言ってくれたのも彼女だった。

彼女が与えてくれるものを いつも受け取るばかりで、 わたしはなんて幸福で 甘ったれなのだろうと思う。 こうしている今だって、 10.9帖のLDKに満ちる 彼女の軽やかな歌声に わたしが勝手に癒されている。

2人掛けのグリーンのソファ。 白く揺れるレースのカーテン。 アコースティックギターの おだやかなメロディとともに 聞こえてくる、彼女の歌声。

わたしの帰宅に気づくと すぐに「おかえり」と 歌うのをやめてしまうから、 たまに「もう少し歌って」と 彼女の横に座りながら言う。 それでもしばらくすると、 「お腹がすいたよ」と ギターを置いてキッチンに 行ってしまうんだけど。

グリル付きの3くちコンロと 機能性はバッチリだけど、 だいたい使うのは2つだけ。 メインと、スープと、サラダ。 ふたりでササッと作って ふたりでゆっくり食べるのが、 いつものわたしたちの日常。

7帖の屋根裏部屋は 高さが137cmと低めなのに、 引越し当初の彼女は ずいぶん気に入ったようで ほぼ毎日入り浸っていた。 会話の中でそれとなく リビングで一緒にいたいなと 伝えてからは、基本的に2階に いてくれるようになったけど。

リビング横の5.1帖の洋室には、 彼女の仕事道具が置かれている。 わたしには名前もわからない 音楽に関しての機材がいろいろ。

わたしが家にいないときは ここで過ごすこともあるみたい。 「窓から木が見えるのがいい」と、 前に笑顔で教えてくれた。

サニタリーはなんだか 海外のホテルのようで、 最初はちょっとソワソワした。

おしゃれな真鍮の照明も、 ナチュラルでセンスがいい 木とホワイトの洗面台も、 これまでのわたしの日常には ぜんぜんなかったものだから。 今ではもう、かわいさにも慣れて 使いこなしているけどね。

1階の6.5帖の洋室が、 わたしと彼女の眠る場所。 昔は寝つきが悪かったけど、 そういえば子どものように すぐ寝る彼女の横にいるうちに わたしもよく眠れるようになった。

彼女の歌声は、着実に 多くの人に届き始めている。 わたしは少しの嫉妬心を 心の中に隠しながら、 このクリーム色の一軒家から 彼女の歌声がぐんぐんと 世界に飛び立つことを願うよ。

ねぇ、でもさ、家の中で 聞こえてくる歌声だけは わたしひとりのものなのだと、 そう密かに思うことだけは どうかどうか、許してね。

文・くまのなな 東京都在住のフリーライター。散歩中におうちの外観をつい見てしまう。最近はInstagramかThreadsによくいます。 @kmn_nana