東京都、新宿区。 神楽坂のメゾネットは それはそれは彼女によく似合う。 一緒に暮らしているのに、 彼女の生活のなかに お邪魔している気分になる。

旗竿地に建つ建物は、 手前にオーナーさんのお宅。 正面からは見えない秘密の場所に 3戸の部屋が隠されている。 そのひとつに、彼女が暮らす。

彼女はほとんど２階で過ごす。 食事のときだけとんとんと 気だるげに階段を降りてきて、 食事を終えたらまたすぐ上に。 「ごちそうさま」とつぶやいて 階段を上がっていく彼女を見て、 自由だなぁ、独特だなぁと思う。

２階の6.5帖の洋室には、 シンプルなマットレスと 小さなチェストだけを置いている。

ふたり分の服はすべて たっぷりのオープン収納に。 どちらも物が少ないから、 まだまだスペースに余裕がある。

マットレスにいないときは、 彼女はだいたいバスルームにいる。 ガラス貼りの浴室は あわい光で包まれていて、 それが彼女のお気に入りらしい。

部屋中の窓がすべて すりガラスになっているので、 スケスケのバスルームでも 外からの視線が気にならない。

それをいいことに 入浴後すぐに服を着ない彼女に、 「そろそろ着ようね、風邪ひくよ」と やんわり伝えるのがわたしの役目。

１階は７帖のダイニングキッチン。 どの窓を見ても、外の様子が じんわりとにじんでいる。 最初は外がクリアに見えないのは 不便かと思ったけれど、 今ではこの適度に閉ざされた感じが とてもいいなと思っている。

水の中にいるような、 不思議な感覚がいつもある。 思わず水槽の中でゆらゆら泳ぐ 金魚の姿を彼女に重ねて、 赤いヒレが似合うなと納得する。

やわらかい色合いで 部屋全体が統一されているので、 外が見えなくても圧迫感はない。

あぁ、そろそろ夕食の時間だ。 この空間によく馴染む シンプルなステンレスのキッチンで、 今夜はなにを作ろうか。

おいしそうなにおいがすれば、 2階から降りてくるだろうか。 ゆらりとヒレを遊ばせる金魚のように 掴みどころのない彼女に、 ちゃんと食事をしてもらうために。 腕によりをかけて、 おいしいものを作らないとね。

文・くまのなな 東京都在住のフリーライター。散歩中におうちの外観をつい見てしまう。主にツイッターにいます。 @kmn_nana