この家に来ると、
まず2階の窓辺を眺めてニンマリする。

あの木製の肘掛窓、
何度眺めても飽きないし、
あそこに腰掛けて外を眺める
文豪風のナイスガイを妄想する。

実際住んでるのは
ボサボサ頭で
スウェットに半纏とか羽織ってしまう
中年のおっちゃんなんだけど。

京都の大学生になってから
叔父が一人住むこの家に
時々寄り道をするのが
楽しみのひとつになっている。

本当に素敵なおうちに
住んでくれてありがとう、と
来る度に心の中で深々とお辞儀をする。

いつもフワッと珈琲の香りがする。
焦げ茶色の空間に
すごく似合ってるなって思う。
そこに混じる古い本のにおい。
記憶の隅をつつかれるような。

「おいちゃん、おるー？」
返事はない。
今日はうっすら、ギュィィンと
プログレっぽい曲が聴こえてくる。

その日によって、
60年代ロックだったり
昭和の歌謡曲だったり。

少しして「おお、来てたんか」って

トイレから出てくる叔父。

「これ、たたきごぼう」
鴨川近くの商店街で買ってきた
惣菜を差し出す。
「おー、山椒効いててうまいやつ！」
今は美術関係の評論やら
編集やら手掛けている叔父は
昔から変わり者扱いされていたけど

私は、本棚に並ぶ本、
あちこち山積みの本、写真集、
額に入れられたり、
無造作に置かれた絵やオブジェから
勝手に親近感を覚えていた。

良いなと思うものが多分似てる。
別に言わないけど。

この家のディテールも、
あちこちがツボ。
大正時代に建てられたらしい。

現実的な姉（私の母）とは
正反対の性格。ロマンチストで
夢中になると周りが見えない。
お金にも無頓着。
奥さんに愛想尽かされたのもちょっとわかる。

多分、結婚は向いてない。
良い人なんだけど。

料理はセンスだ、って言って
ババッと作るものは大抵美味しい。

今日来たら、栗の渋皮煮が
小鍋にみっしり入ってた。
ひとつつまんで「うまっ」て声出た。

「緑茶入れるねー」って
気持ちは向こうの部屋へ飛ばしつつ
独り言みたいなつぶやきが
天井に吸い込まれる。

京都の有名なお茶屋さんの茶葉や
珈琲屋さんの豆が
缶に入って綺麗に並んでる。
少し前までは生ハムの原木があった。
食べるものに関しては
かなりのこだわり派。
1900年代の年号が書かれた
高そうなワインも数本ある。

時々縁側で嬉しそうに嗜んでいる。
残念ながら下戸の私は
楽しみが共有できない。

あの文豪が顔を出してそうな窓の部屋で
仕事仲間がせっせこパソコンに
向かってることもあるし

誰かが高いびきをかいて
寝てることもある。

昼間から数人で乾杯し
美術談義をしてることもあれば

風呂なしアパートに住んでる友人が
風呂場で鼻歌を歌ってることもある。

来るもの拒まずの
大らかな叔父の元には
色んな人が来ては去り、また来て、
が繰り返される。
まぁ私もその一人なわけで。

お気に入りの部屋は、
2階の庭側の和室。

ため息が出るほど美しい、
この窓の部屋なのだけども。
課題の論文を書いたりするにも
ここは気分が上がる。

文机に向かうだけで
「よっしゃ書くぞ」という気になれるのだ。

時々ベランダに出て
お茶を飲んだり

山積みの本の中から
あれこれ拝借して読んだり、
好き勝手に過ごさせてもらって

大抵日が暮れる頃には
自転車を走らせて
自分のアパートに向かう。

部屋も余ってるんだし
居候させてもらったら？
と、母に言われたこともある。

でもここは
私の部屋にしてはいけない気がしてる。
ふとした時に感じる静謐さ、

そっと宙でなぞる大正の形、

珈琲の香りに混じる古い紙のにおい。

時々来る場所だからこそ、
叔父が住んでいるからこそ、
特別な価値がある気がしているのだ。
色んな人が出入りして
賑やかなようだけど
誰も侵せない叔父だけの聖域。
遠いようで近い、
近いようで遠い。
私と叔父のような距離感で
この家の素敵さをずっと愛でていたいんだ。