トントントン、と包丁の音。 やさしい緑のタイルが主役の キッチンでは、今日も今日とて リズミカルな音が響いている。

僕より帰宅が早い彼のほうが いつのまにか料理担当になったから、 自然と掃除は僕の担当になった。 料理の音がしているあいだに、 ゴシゴシとトイレやお風呂を磨いている。

プロパンガス用の2くちコンロは、 だいたいどちらも使われている。 片方で汁物、片方でメイン料理が 作られていることが多い気がする。

光が差し込むキッチンでは、 豆苗やにんじんの切れ端が すくすくと元気に成長中。

玄関側の出窓でも、 なにかしらの野菜が育っていたり 野菜の皮が干してあったりする。

一緒に暮らし始めたころは 丁寧な生活だなぁと思ったけど、 どうやらそういうわけでもなさそう。

どうやら彼はただつつましく、 お得に暮らしたいだけのようだ。 「お買い得」という言葉に弱い。

たまにいろいろ買いたくなって、 どっしりしたコンビニの袋を片手に 「ただいまー」と帰ってくると、

包丁片手にくるりと振り向き、 「またたくさん買って」と一言。

いいじゃない、一緒に食べよう。 食後のお菓子も、たまにはさ。

12帖のリビングに置いてある まんまるのテーブルで、だいたい ふたりで夜ごはんを食べる。

明日には忘れているくらいの たわいのない会話だけれど、 たぶんそれくらいがちょうどいい。

食事のあとは和室に移動して、 寝るまでは各々の時間。

6帖の和室は広すぎず、 けれど狭すぎない絶妙サイズ。 それぞれが違うことをしていても、 お互いがしていることが なんとなくわかるからいい。

収納もあるよ、ちゃんとね。

こっちのコンパクトな収納は彼が、

隣の和室の襖2枚分の収納は、 ありがたいことに僕が使っている。

服やら帽子やら、僕は気付けば 荷物が増えているタイプなんだけど、

彼のほうはどうしてそんなに 少ない荷物で暮らせるの？　と 聞きたくなるほどの量しかない。 彼から言わせれば、僕のほうが 「使ってないものが多すぎ」らしい。

バルコニーは1階だからこその ゆったりした広さがあり、 やる気を出せば家庭菜園も できそうじゃないかなと思う。

一度提案してみたけれど、 どうやらキッチンで育つ豆苗と 家庭菜園は全然違うらしい。

「そこまではいいよ」と やんわりと断る彼を見て、 たしかに汗をかきながら 健康的に野菜を育てる姿は なんだか似合わないなと思った。

和室を出てすぐのところには、 水垢のないシャンプードレッサー。

料理中の彼はなんだか ひとりの世界で楽しそうだから、 邪魔しないように細かいところまで 磨いていたらピッカピカになった。 このきれいさを維持しようと思います。

この部屋は、タイルがかわいい。 キッチンのタイルも好きだけど、 お風呂もなかなかさわやかだ。

春の空みたいな、淡い水色。

換気扇のほかに窓もあるから、 タイルの目地にカビが生えないように お風呂のあとは窓を開けておく。

横には室内洗濯機置き場。 洗濯パンは交換してくれたそうで、 新品の堂々としたオーラがある。

トイレは洗面所から少し進み、

リビング側に扉がある。 コンセントがあるので、持ち込めば 温水洗浄便座にすることもできるそう。 いつか、いつかと先延ばしにして、 たぶん僕たちはずっとこのままだけど。

トイレにも窓。ちょっとした光が 差し込んでくれるのがうれしい。

朝は、彼のほうが先に家を出る。 玄関で見送りができたらいいけど、 だいたい眠くて布団の中から 「いってらっしゃい」と声をかける。

靴の数も、彼よりも 僕のほうがずっとずっと多い。 靴箱を占領してごめんねと 謝ったこともあるけれど、 彼はまったく気にならないようで。

「そんなことより、 モニターで確認する前に 玄関を開けるのをやめて」と 防犯意識のほうを注意された。

ずっと一生、一緒にって、 そこまで強く決意して 暮らし始めたわけじゃないけどさ。

それでも、歳を重ねても 横を向いたときにいてくれたら、 たぶんうれしいと思うんだよね。 想像するよりも、ずっと。

家の周りの道も静かだし、 これからも安心して長く 住んでいけそうじゃない？

バス停も、飲食店もあるしさ。

この先どうなるかは 正直わからないけど、できれば 元気なお年寄りになりたいよね。 “豆苗を何回育てられるか”に 本気で向き合っている姿を、 少しでも長く見ていたいと思うから。

文・くまのなな 東京都在住のフリーライター。散歩中におうちの外観をつい見てしまう。最近はInstagramのストーリーによくいます。 @kmn_nana