
ある物理学者が愛した「思い出の家」。(兵庫県西宮市137㎡の売買物件)
先週から連日、
ノーベル賞の受賞者が発表されていますね。
この時期に本物件をご紹介できることを
うれしく思います。
1949年に日本人初のノーベル賞を受けた
湯川秀樹博士が、新婚生活を送った邸宅。

博士は、のちに上梓した著書『旅人』の中で
家について次のように綴っておられます。
「この年──昭和八年の夏から、私ども一家は
苦楽園に新しく建った家に住むことになった。
この家が、私にとって忘れることのできない、
思い出の家となったのである。」

その「思い出の家」がこちら。
苦楽園二番町の高台に佇む邸宅。
褐色の瓦を葺いた南欧風の白い建物が
青い空によく映えています。

洋室と和室が混じった2階建てですが、
2階部分は後年増築されたそう。
時代とともに手入れされながら
大切に引き継がれてきたことが
伝わってきますね。
おかげで築90年を超える
建物としては状態が良く、
建築時のままの意匠や調度品が
そこかしこに。
玄関だってご覧の通りの
美しい佇まいです。

当時、20代の若き研究者だった湯川博士は、
妻と幼い子ども、妻の家族とともに
この家に暮らし、苦楽園から
大阪大学と京都大学へ通っていたそうです。

おそらく、博士が多くの時間を
過ごしたであろう洋間。
マントルピースの上には
博士が実際に使っていたという
黒板が今も残っています。

そんな背景の物語を抜きにしても
目を釘付けにされる
意匠のすばらしいこと。

床は幾何学模様のパーケットフロア、
見上げれば、木彫りの化粧梁。
細部まで凝られたつくりに
惚れ惚れしてしまいます。
黒板と背中合わせに食器棚があり、

その向かいは台所。
モダンな雰囲気の洋間もいいけれど、
台所の明るく朗らかな感じも好きだな。

一方、今は畳敷きの和室。
博士も研究や仕事の息抜きに
ここで家族とおしゃべりしたり、

お庭を眺めたりしていたのでしょう。
2階には、和室が二間。
増築されたとは思えないほど
この家によく馴染んでいます。

2つ並んだアーチの窓は
屋上テラスへ続く開口で、

扉の先は、街を一望する眺望!
そのことは、前述した博士の著書にも
しっかりと書かれていました。
「新しい家は、見晴しが素晴しかった。
(中略)夕食後のひとときを、
私たちは窓ぎわにならんで、
遠くに点々とともって行く、
西宮や尼崎の灯、
走って行く電車のあかりを、
あきずにながめたものである。」
当時は屋上テラスがなかったし、
周辺環境も現在とは
大きく変わっていることでしょう。
それでも、すばらしい眺望は健在。

この家に住んでいた時代に
博士は中間子に関する論文を書き、
それが後年のノーベル賞につながります。
日本に初めてのノーベル賞をもたらした
ひらめきは、
苦楽園の美しい家と環境、眺望に
癒されて育ったものだったのです。

さて、現実のお家へ話を戻すと、
住みやすいように改修されているとはいえ、
昭和初期の建物ですから
建具が開きにくかったり
雨漏りがあったりと、
不具合は当然あります。

大規模な修繕工事の可能性も
念頭に置いておいたほうがよさそうです。
それでも、まるで朝ドラの舞台──
というより、湯川博士が主人公の
ドラマがあるとすれば、
まさに実際の舞台だったこの家を、
できるだけ当時の趣を損なわずに
博士の思い出とともに受け継いでいく。
そんな気概のある方に
出会ってほしいお家です。
※建物見学目的のみの
お問い合わせはご遠慮くださいね。
ノーベル賞の受賞者が発表されていますね。
この時期に本物件をご紹介できることを
うれしく思います。
1949年に日本人初のノーベル賞を受けた
湯川秀樹博士が、新婚生活を送った邸宅。

博士は、のちに上梓した著書『旅人』の中で
家について次のように綴っておられます。
「この年──昭和八年の夏から、私ども一家は
苦楽園に新しく建った家に住むことになった。
この家が、私にとって忘れることのできない、
思い出の家となったのである。」

その「思い出の家」がこちら。
苦楽園二番町の高台に佇む邸宅。
褐色の瓦を葺いた南欧風の白い建物が
青い空によく映えています。

洋室と和室が混じった2階建てですが、
2階部分は後年増築されたそう。
時代とともに手入れされながら
大切に引き継がれてきたことが
伝わってきますね。

おかげで築90年を超える
建物としては状態が良く、
建築時のままの意匠や調度品が
そこかしこに。
玄関だってご覧の通りの
美しい佇まいです。

当時、20代の若き研究者だった湯川博士は、
妻と幼い子ども、妻の家族とともに
この家に暮らし、苦楽園から
大阪大学と京都大学へ通っていたそうです。

おそらく、博士が多くの時間を
過ごしたであろう洋間。

マントルピースの上には
博士が実際に使っていたという
黒板が今も残っています。

そんな背景の物語を抜きにしても
目を釘付けにされる
意匠のすばらしいこと。

床は幾何学模様のパーケットフロア、
見上げれば、木彫りの化粧梁。
細部まで凝られたつくりに
惚れ惚れしてしまいます。

黒板と背中合わせに食器棚があり、

その向かいは台所。
モダンな雰囲気の洋間もいいけれど、
台所の明るく朗らかな感じも好きだな。

一方、今は畳敷きの和室。
博士も研究や仕事の息抜きに
ここで家族とおしゃべりしたり、

お庭を眺めたりしていたのでしょう。

2階には、和室が二間。
増築されたとは思えないほど
この家によく馴染んでいます。

2つ並んだアーチの窓は
屋上テラスへ続く開口で、

扉の先は、街を一望する眺望!
そのことは、前述した博士の著書にも
しっかりと書かれていました。
「新しい家は、見晴しが素晴しかった。
(中略)夕食後のひとときを、
私たちは窓ぎわにならんで、
遠くに点々とともって行く、
西宮や尼崎の灯、
走って行く電車のあかりを、
あきずにながめたものである。」

当時は屋上テラスがなかったし、
周辺環境も現在とは
大きく変わっていることでしょう。
それでも、すばらしい眺望は健在。

この家に住んでいた時代に
博士は中間子に関する論文を書き、
それが後年のノーベル賞につながります。
日本に初めてのノーベル賞をもたらした
ひらめきは、
苦楽園の美しい家と環境、眺望に
癒されて育ったものだったのです。

さて、現実のお家へ話を戻すと、
住みやすいように改修されているとはいえ、
昭和初期の建物ですから
建具が開きにくかったり
雨漏りがあったりと、
不具合は当然あります。

大規模な修繕工事の可能性も
念頭に置いておいたほうがよさそうです。

それでも、まるで朝ドラの舞台──
というより、湯川博士が主人公の
ドラマがあるとすれば、
まさに実際の舞台だったこの家を、
できるだけ当時の趣を損なわずに
博士の思い出とともに受け継いでいく。
そんな気概のある方に
出会ってほしいお家です。
※建物見学目的のみの
お問い合わせはご遠慮くださいね。
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