「いらっしゃい。」

意外と薄暗い店内に
しっかりとした声が響いた。

失礼、
“意外と”というのはその玄関口から
さんさんと日が差し込んでいて

室内を照らしている様子が
外からも伺えたので、
こっちが勝手に
明るい室内を想像していたわけだ。

ただ、思っていたよりも
室内には奥行きがあり、

奥のキッチン辺りにも
窓はあるものの、
敢えて店内の明かりは
抑え目にしているようでもあった。


外から入ってすぐは
その明暗差に目が慣れず
奥のソファに深く沈み込んだ
先客の存在に気づいたのは
しばらくたって
先客に声をかけられた時だった。

コーヒースタンド併設のお店
そう聞いていて
持っていたイメージと随分違うぞ、
と、
外観を見た時から
少し身構えるくらいで居たのに、
暗く大きなソファからかけられた
その声に
滑稽なほどひどく動揺してしまった。

「そんなに驚かないでくださいよ。
人形でも座ってると思ってましたか？」

そう言いながらその先客女性は
笑いに震える手でコーヒーカップを置く。
店主らしき人も
奥にさす光の中で
少し笑っているようだった。

ソファのその大きさと
女性の華奢な小柄さが
なんともアンバランスで
そしてその美しさからも
言われてみれば
確かに人形のようでもあったが、
外の残暑日の明るさのせいで
目が慣れず
見落としていた旨を詫びた。

だがおかげで
それをきっかけにして
少し話をすることができ、
お店の店主にも私がこの店に
訪ねて来た目的を伝えることができた。

ここは京都の住宅街の中

知る人ぞ知る、という店を
敢えてこの住宅街の中でやろうと思った
店主の考えで今のお店が出来たそう。

店にコーヒースタンドをつけたのは
地域に根ざした小商いを
やってみたかったからとか。

なので普段は
このお店には同好の士という顔なじみと、
店主のコーヒーを飲みに来る
ご近所さん以外は
ほぼ訪れない指向性の高い店、
そういう人たちの入り混じる
不思議なアジトになっているそうな。

落ち着いてよく見渡してみると
建物の外観から来るイメージと違い、
古今入り混じるスマートな印象と
清潔感を強く感じる室内の作りだった。

そして
コーヒースタンドと銘打ってはいても
キッチンには相当なスペースが割かれ
料理にも力を入れているのがわかる。

店主が洋行中に
趣味で覚えたという
西洋料理は玄人はだしだそう。

さらに先客が言うには
機嫌のいい時には
棚に収められた秘蔵のワインが
少し振舞われたりもするらしい。

そっちの趣味も大いにあるのだけれど
今回の目的は別にあるので
頃合いを見計らい
それを見せてもらうように
店主に願う。

それはまだ
店には出していないと言うことで、
先客に店番を頼み、
二階の倉庫兼寝床に案内される。

ここも綺麗にリペアされ
観音開きの窓が
とても印象的な部屋だった。

まだ売るかどうかも
決めあぐねていると店主は言っていたが
それでももし売るなら、
君に連絡をするよと言ってくれた。

下で店番をしてくれている女性が
大きな声で店主を呼んだ。
同好の士の来訪らしく、
そのまま雑談をしている声が聞こえる中
下に降りていった。


帰り際、
少し遠いかもしれないけど、
また遊びに来てくださいねと
少し遠慮がちに店主が言ってくれたので、
間髪入れずにはいと答えて帰った。