いくつになっても、
きっとあの夏の事を思い出すんだろうな
って夏が、私にはいくつかある。

本当に子供の頃の夏と、
大学生という、
子供でもあり大人だと思ってた
あの夏と。

どうしようもなくあの子の事が好きだった
あの夏の事を思い出すことは
もう自分的な走り梅雨の風物詩。

お風呂のある寮生活から抜け出し、
お風呂のない
シャワーだけだけども、
初めての
広く自由な部屋へと引越す事になった私は
興奮気味に引越の計画をたてた。

雰囲気のある一棟のレトロなビルの一室。

そこをリノベーションと言う名の
大胆改装を繰り広げた元和室。

広さはもちろん、
一つの洋室になった部屋の
両サイドにある大きな窓と
日当たりのよさ、風通しの良さ。

それから何と言っても
壁一面と言って良い
オシャレで深い収納が自慢だった。

オシャレと言っても、
あの頃のファッション遍歴は
黒に近い灰色の歴史だったけど、
とにかく本を読んでいて、
痩せていたらモテると思っていた。
（それはつまり私自身の好みだったのだけど）
なので、
この収納には読んでもいない本を
しこたまぶち込んで、
あの子にカッコつけられるようにと
最初から企んでいた。

引っ越しの当日は大変な雨で、
いわゆる走り梅雨に台風が合わさって
ざんざんと雨が降り続く日で、
引越慣れしていない私は大いに手間取り
あらかじめ準備しておいた本の
そのほとんどを梱包用のダンボールごと
盛大に濡らした。

早速シャワールームは
大いに役に立ったのだけど

引越しの手伝いにきてくれる予定だった
あの子は結局来てくれなかった。
シャワートイレなんだね！すごい！
って驚いてくれると思っていたのにな…

そしてそのまま
大学は長い夏休みに入った。

夏休み前までに、
あの子となんとか…
と考えていた私の夏の計画は
当初から比べ大きく狂ったわけだ。

二人で立つには少し狭いかな？
と思っていたキッチンも
一人では思いの外広く

シンクも一人には十分なスペックで

素麺の茹で技術が格段に上昇した夏だった。

あの子との夏を
妄想の中で入念に計画しすぎていた私は
友人たちの誘いを全て断って
夏休みを迎えていた。

おかげで、来訪者は無い。
下駄箱には私のサンダルとスニーカーだけ。

友人たちは皆、アルバイトや旅行に帰省、
思い思いの夏を満喫し、
SNSにその様子をあげ続けてくれていた。
私とあの子以外は。

あの子はそういうのを
全くやらない子だった。

LINEのアカウントさえ、
携帯電話さえ持たない、
そんな子だった。

私もそれをかっこいいと思い、
真似をして
SNSはメール程度にしか使わなかった。


であるから私は
まさに夏にどうしようもなくなり、
雨に濡れた本を乾かしがてら
貪るように読んで暑い夏を過ごした。


夏休みが終わったら、
いかに私が充実した読書の時間を過ごしたか
喧伝して回る気でさえいた。


でも、
初めての長い夏休みが終わって
最初の授業に出てみると
垢抜けたと言うのが正解か、
随分とオシャレに様変わりした
あの子を見かけた。

表情も、衣類のはだけ方も、
テレビや雑誌の中でこそ目にするような
きらびやかに近いまばゆいものだった。

久しぶりに会った友人たちも
肌を黒くやき、どこか大人びた笑顔。
初めてできた恋人の話で盛り上がっていた。

私だけが、
夏の前の梅雨の頃のまま。


タイムマシンでスリップしたような
提出する事のない夏休みの宿題を
私だけが失念し、し損ねたような
そんな気分だった。

読書によって、
たくさんの知識と知見、
興味や色々を手にして
自分では少し
大人になった気でいたはずなのに！




この時期になると、あの時の事を思い出しては、
一人でほくそ笑んでいるので、
もう家族はその話は聞き飽きたと言わんばかりに、
誰も興味を示してくれないけれど、
私にとってはあの部屋で過した事で経験した
少し甘酸っぱく、とても大切な夏の話。