食器棚の一番手前に置かれた大きいお茶碗
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おばあちゃんと話すとひとつ新しいことを覚える。例えば今日みたいに、お客さんが来る日は玄関先に打ち水をするとか。 お客さんが帰るときは見えなくなるまで見送ることとか。 畳の縁を踏むのは嫌がる人も多いからやめたほうがいいとか。 そして、ひいおじいちゃんの部屋にはコウモリ傘が入ったステッキとチョーカー、香水がしまわれていたこと。 もう使わないのに食器棚の一番手前に置かれた大きいお茶碗は、おじいちゃんのものであること。 お母さんが縁側に座って、庭のひよこに餌をあげていたこと。 おばあちゃんちに行くと、冷たい緑茶と旬の果物とどら焼きが、お盆に乗って出てくる。
就職が決まったとき、思わず報告したくなる仕事ができたとき。必ず鯛を焼いてくれる。 夏はひんやりした畳が気持ちよくて、ここでゴロンと転がる。三角屋根の木目をぼんやり見ていると、ボヤけてなんだか人の顔みたいに見えてくる。 「寝るならもうちょっとおしとやかな体勢で寝なさい」と叱られる。 歳をとると深いお風呂は身体が浮いちゃう。我が家のお風呂が一番、と言う。 編み物の得意なおばあちゃんの友達が、毛糸で作った花瓶の敷物が、なぜかトイレに飾られている。芳香剤もトイレットペーパーも、ラベンダーの香り。 冬に食べたみかんの皮は、ネットに入れて洗面所に干されてる。「お風呂に入れると美肌効果がある」と主張する。 小さい頃、食べた柿から出てきた種をおばあちゃんのところに持っていった。「庭に埋めたら木、はえるかな」と言ったら「はえるよ」と言って、一緒に埋めた。結局はえなかったけど、はえなかったねって今でも話す。 おばあちゃんちは何故かいつも人が来る。 昔は何かと親戚一同が集まってたからこの家もミシミシ言ってた。今はのんびりできていいわね、と言う。 一番面白いのは、田舎の話。明け方に荷車を押していたら狐の嫁入りを見た人、狸に化かされたお医者さん。舟に乗って隅田川へ出て見る、桜。家の前の石段を登るお尻を下から支えると「楽チンだ楽チンだ」と笑ってた。
文・戸田江美
1991年生まれ。デザイナー。おばあちゃんの仕事を継いで荒川区のマンションの大家をしている。落語が好き。@530e