ここにずっと住む事は無いだろう。今の仕事を続けるかもわからないし、相手もいないけど結婚するかもしれない。この街を出たいと思うような事が起きるかもしれないし、親だって、いつまで元気かはわからない。そんな、心配してもしょうがない不安と、私はここで暮らしているのだ。

冷めたアパートという訳でもなく、あったかい家、みたいな雰囲気もないこの外観は、最初に見た時に妙に安心感を覚えたものだった。どっちにも当てはまりたくない私は、心の奥底でこの物件の事を気に入っていた。

でも借りるか借りないのか、そんなジャッジを突きつけられたくなくて、その事を表情には出すまいと平然を装う。黒い小さな文字で書かれた建物の名前をじっと見てから、不動産の人の後に続いて門をくぐった。

お仕事は何されてるんですか、とか、西荻は人気ですからね、とか。行き所のない言葉が宙を舞っている。
私は渡された間取り図を見て少し驚いていた。付いていますとは聞いていたけど、ウッドデッキがこんなに広いとは。

この時の事を振り返ると、お部屋に入った時には既にしっくりきていたと思う。悩みすぎて失敗した事ならあるけど、直感で失敗した事はないのだ。この窓際の隅っこが気に入って、私はきっとここに座るだろうとも思った。

浴槽がないのはちょっとなぁ、と思ったけれど。慣れればいいのかも。だらだら入ってしまうの、やめたかったし。銭湯が好きだから、時々大きなお風呂に入りに行けばいい。

トイレはシャワールームの横にあって、1段上がるスタイル。まとめて掃除できそうだ。

水回りにこのライトを使う所も良い。白タイルに反射する光が綺麗。

洗面台は、正直ちょっとおしゃれすぎる。でも新しいのは嬉しいから、自分の持ち物でうまいこと崩していきたい。

とは言っても、なんだかんだ好きなんだけど。こういうナチュラルテイスト。小窓もあって、良い気分だ。

扉のない収納も、開けるまどろっこしさがなくて結構好きで。ここに収まるぐらいの服だけ持って越してこよう。上に物を置けるのも気に入ってる。

ウッドデッキなんて、輝かしい響きがちょっと恥ずかしい。不動産の人、いかがですか？なんて聞かないでほしい。私は他の女の人みたいに、わー！とかきゃー！とか気分を表に出せるタイプじゃない。女同士の偏見って、結構あるよね。

でもここで、何か植物を育てるのは良いかもしれない。花よりは、葉っぱ。色んな種類の小さなグリーンを少しずつ。慣れないこと、するもんじゃないかな。でも、せっかくだし。

あの、ここ借りたいんですけどって言い出す廊下。反応が悪いと思っていた不動産の人は、驚いた顔で振り向いた。

あの日の私は、やっぱり少し高揚していたんだと思う。