うちにも水族館があるんですよ、と彼が言う。
この物件は現在は募集終了している可能性が高いです。過去物件のアーカイブとしてお楽しみ下さい。
ベランダが青いガラスなので、そこを通る光が薄く青色になる。
――その家を訪ねたのは、蒸し暑い夏のことだった。わたしが都内の水族館がリニューアルしたと話せば、うちも水族館なんですよ、と彼は穏やかに断言した。
熱帯魚の類を飼っていて巨大な水槽が部屋を埋めているのかと思っていたが、彼の部屋に招かれて自分の想像が全く違うものだったと分かった。
窓から光が入るたび、その部屋は淡い青色に染まった。
白い壁と床にその色がよく映えていて、これが水族館ですか、とわたしは呟いた。
彼はそうだよ、と短く返した。
眼前の人物が普段何を生業にしているのか、わたしには見当もつかない。
一人で住むには広すぎるだろう3LDKには必要最低限の家具が並び、その殆ど全てがあの青色を邪魔しない、白や薄いトーンの色でまとめられていた。
仕切れば個室になるだろう部屋も開け放ってあり、やはり薄い青色の光が差し込んでいる。
ずらりと並んだ収納は、わたしの家に備え付けられているものの何倍の容量があるのだろう。
あの、この中には一体何が?例えば、熱帯魚の水槽があったりするんでしょうか。
わたしは意を決して彼に訊いてみた。
一瞬の間。
まさか。水槽が入っているならもっとモーターの音がするでしょう。
彼は苦笑いしながら、クローゼットの扉を引いて中身を見せてくれた。確かにそこには、衣類などが理路整然と収められており、熱帯魚の気配はどこにもなかった。
最初に通してもらったリビング以外にも洋室が何個もあり、その全てに生活感はなかった。
どの洋室にも収納がある。本来であれば家族で住むような部屋なのだろう。その部屋に一人で住んでいるのは、一体どのような理由なのだろうか?
しかし、わたしは彼の生活の全てを知っているわけではない。
ただ、以前隣り合った飲み屋で話が弾み、それからなんとなくメールでのやり取りを続けているだけの知人にすぎない。
あの真っ白な部屋たちと同じく、キッチンにも生活感がなかった。
油ハネの跡など一つもなく、埃と油がこびり付いた自宅のキッチンを思い出して胸が痛む。
コーヒーでも、とお湯を沸かしていてもさまになる。ありがたくコーヒーをいただいた。
しかし、コーヒーを飲めばトイレに行きたくなる。
特別親しいわけではない、微妙な関係の人の家にいるという緊張感のあまり一気飲みしたわたしが悪いのだ。ため息をついて、トイレも広いんだな、と眺めてしまう。
手を洗おうと洗面台を借りれば、ここもわたしの家とは全く違うモダンなものだった。
こういうボウル型、憧れたなあ。そう思いながら、好奇心が勝って風呂場も覗き見してしまう。もしかして、風呂場になにかがあるかもしれない。ミステリー小説にありがちな…。
もちろんそんなことはなく、勝手に人の家の風呂場を覗く、というばつの悪い思いをするだけだったが。
戻って、ソファに座っている彼にそれを告白すれば特にかまわないよ、と返ってきた。
換気のために窓を開ける彼の後に続いてベランダに出る。
部屋に漂う青色の源は、この青色のガラスだったのだ。
屈んで大阪の街を見てみれば、自分が魚になったような気分になる。
もちろん、隣に立っている彼からは怪訝な顔をされるのだが。
せっかくだから、と彼が屋上を案内してくれることになった。
玄関横にこんな階段がついているのか。特に浮かぶ言葉がなく、静かな階段には男二人の足音が響く。
登りきった先にはウッドデッキのついた屋上が広がっており、共有スペースなのかと訊けば違うと返ってくる。
こんな広いスペースを一人で使えるんですか。喉まで出かかったが、やめておいた。
今日はおじゃましました、ありがとうございます。
いえ、一人だと持て余してしまうので、また来てください。
青い光を生み出すベランダのガラスは外から見ると、より真っ青に見えた。そして、そこに帰っていく彼は水族館の館長というよりかは、水槽の中でのんびり気ままに暮らす海獣のようにも見えるのだった。
――その家を訪ねたのは、蒸し暑い夏のことだった。わたしが都内の水族館がリニューアルしたと話せば、うちも水族館なんですよ、と彼は穏やかに断言した。
熱帯魚の類を飼っていて巨大な水槽が部屋を埋めているのかと思っていたが、彼の部屋に招かれて自分の想像が全く違うものだったと分かった。
窓から光が入るたび、その部屋は淡い青色に染まった。
白い壁と床にその色がよく映えていて、これが水族館ですか、とわたしは呟いた。
彼はそうだよ、と短く返した。
眼前の人物が普段何を生業にしているのか、わたしには見当もつかない。
一人で住むには広すぎるだろう3LDKには必要最低限の家具が並び、その殆ど全てがあの青色を邪魔しない、白や薄いトーンの色でまとめられていた。
仕切れば個室になるだろう部屋も開け放ってあり、やはり薄い青色の光が差し込んでいる。
ずらりと並んだ収納は、わたしの家に備え付けられているものの何倍の容量があるのだろう。
あの、この中には一体何が?例えば、熱帯魚の水槽があったりするんでしょうか。
わたしは意を決して彼に訊いてみた。
一瞬の間。
まさか。水槽が入っているならもっとモーターの音がするでしょう。
彼は苦笑いしながら、クローゼットの扉を引いて中身を見せてくれた。確かにそこには、衣類などが理路整然と収められており、熱帯魚の気配はどこにもなかった。
最初に通してもらったリビング以外にも洋室が何個もあり、その全てに生活感はなかった。
どの洋室にも収納がある。本来であれば家族で住むような部屋なのだろう。その部屋に一人で住んでいるのは、一体どのような理由なのだろうか?
しかし、わたしは彼の生活の全てを知っているわけではない。
ただ、以前隣り合った飲み屋で話が弾み、それからなんとなくメールでのやり取りを続けているだけの知人にすぎない。
あの真っ白な部屋たちと同じく、キッチンにも生活感がなかった。
油ハネの跡など一つもなく、埃と油がこびり付いた自宅のキッチンを思い出して胸が痛む。
コーヒーでも、とお湯を沸かしていてもさまになる。ありがたくコーヒーをいただいた。
しかし、コーヒーを飲めばトイレに行きたくなる。
特別親しいわけではない、微妙な関係の人の家にいるという緊張感のあまり一気飲みしたわたしが悪いのだ。ため息をついて、トイレも広いんだな、と眺めてしまう。
手を洗おうと洗面台を借りれば、ここもわたしの家とは全く違うモダンなものだった。
こういうボウル型、憧れたなあ。そう思いながら、好奇心が勝って風呂場も覗き見してしまう。もしかして、風呂場になにかがあるかもしれない。ミステリー小説にありがちな…。
もちろんそんなことはなく、勝手に人の家の風呂場を覗く、というばつの悪い思いをするだけだったが。
戻って、ソファに座っている彼にそれを告白すれば特にかまわないよ、と返ってきた。
換気のために窓を開ける彼の後に続いてベランダに出る。
部屋に漂う青色の源は、この青色のガラスだったのだ。
屈んで大阪の街を見てみれば、自分が魚になったような気分になる。
もちろん、隣に立っている彼からは怪訝な顔をされるのだが。
せっかくだから、と彼が屋上を案内してくれることになった。
玄関横にこんな階段がついているのか。特に浮かぶ言葉がなく、静かな階段には男二人の足音が響く。
登りきった先にはウッドデッキのついた屋上が広がっており、共有スペースなのかと訊けば違うと返ってくる。
こんな広いスペースを一人で使えるんですか。喉まで出かかったが、やめておいた。
今日はおじゃましました、ありがとうございます。
いえ、一人だと持て余してしまうので、また来てください。
青い光を生み出すベランダのガラスは外から見ると、より真っ青に見えた。そして、そこに帰っていく彼は水族館の館長というよりかは、水槽の中でのんびり気ままに暮らす海獣のようにも見えるのだった。
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