ぼくたちは、二束三文と言われる物件ほど面白く感じる。〜京町家リノベの八清インタビュー〜
物件ファンは、もちろん不動産屋さんファンです。今回は、京町家のリノベーション販売で知られる八清(はちせ)の西村孝平さんにお話を伺いました。情緒あふれる京都の不動産屋さんのお話をどうぞ。
西村孝平(にしむら こうへい) 1950年京都市上京区生まれ。 株式会社八清 代表取締役。 趣味は月100キロ走るジョギングだそう。
元々は繊維問屋だった
元々、繊維の卸をやってたんです。戦後当時はものがない時代ですから、いろんなものをやっていて。うちの親父が一番得意で、子供の頃よく見てたのは、「B反」って言う傷もん。
着物であれば、ちょっと傷がいってる物とか、正規のルートでは流せないけど、せっかく作っていただいたから……と。
今でも着物のB反はありますけど、当時はそういうのがなんぼって、さばける市があって。昔ですから、そういうルートがあったんですよ。
「東洞院クラブ」って名前で、当時木造の家なんですけど、その奥で競り市みたいなものをやっていたんです。それが小学校とか、中学校の頃です。なんかいろんなものが商品になるな、って思ってました。
八清という名前の由来
昭和31年、八清という会社を作って。
ひいおじいちゃんが清吉って名前なんですが、子供の頃、仲の良いお友達が八人おって、頭に「八」をつけて呼び合ってたということで。例えば、虎之介だったら八虎。うちのおじいちゃんだったら八清、「はちせ」って。
その八人衆の名前の頭に全部「八」をつけて呼び合っていたっていう話を親父が覚えていて、会社の名前にしたんです。
あとは、末広がりのいいイメージがあったのかな……ちょっとよくわからないですけど、それで八清って名前をつけたんです。
繊維問屋から不動産業へ
私が中学入ったか入らないかのとき、建売の仕事を始めているんですよ。
誰かから、建売がこれから商売として面白いよ、って言われたと思うんです。うちの親父ってそういうのが好きな人だから。
昭和38年の区画図が残っているんですね。だから、それよりも前……昭和36、7年ぐらいから、建売を始めてると思います。
うちの会社のビルって昭和46年に建っているんですよ。昭和37年ぐらいから建売業を始めて、9年ぐらいであのビル建っちゃったんです。
ちょうど経済成長期に入って、マイホームを作れば売れる……ということだと思いますね。それでもう起業しちゃって、繊維の仕事やめちゃって、不動産屋になったんですよ。
建売だと大手には勝てない
建売って、規模でコストが下がるんですよ。年間4〜50軒とかやっている会社って、そんなにコストが落ちないんですよね。
京都には400軒、500軒やってる会社が何社かあって、その人達と競争すると、やっぱり価格で負ける。大量に作るというのがコストダウンになりますよね。
もちろん、仕事の仕方とか戦略とかブランドとか色々ありますけど、コストだけで言ったら、ぼくのところは勝てない。それが面白くなかったんですね。
売れるから町家をやる
建売が面白くないな、と思っていたのと、中古のリノベーションをやったのが、町家を扱うきっかけになったんです。意外と中古のリノベが売れるんですよ。
僕らぐらいの年代の不動産業者は、築年数で30年も経ったら建物をゼロで評価する、っていうのが通常の査定なんです。土地と建物というけれど、建物はゼロなんで、土地値だけっていうのが一つの感覚なんです。
築80年の町家だったら、土地代だけのはずでしょう。ところが、これをリノベーションしたら、建物評価がないと売れないような価格で売れるんですよ。
ええ格好なこと言ってますけど、売れるから町家をやってるんですよ(笑)
建売だと、オープンハウスで大体5組くらいしか来ないんですよ。でも、町家として売り出したとき、2日で50組来たんです。それでびっくりして、すごい反響が来るな、と。これ、改装してない町家なんですよ。
こんなに来るんやし、これは不動産としての魅力度が高いな、と思ったんです。町家に風が吹いてきたんですね。実感的にこれは売れるんちゃうかなと思いまして、商品とお客さんの動きで気づくことも多いです。
町家とは?
町家は、町人が住む都市型住宅とされ、全国に残っています。道に面して間口が狭く奥行きがあるものが代表的です。古くは平安時代まで遡りますが、京都市では1950年以前に伝統的工法で建てられた木造住宅を「京町家」と呼んでいます。
二割くらいのお客さん
建売やマンションで考えると、大量に作るからコストが安くなって、安く提供できる、というところしかない。そういう家を、あまり面白くないと思う層が、じわりじわりと増えてきてるんですね。
僕たちは、町家を全部の人が買ってくれるとは思ってないんです。
今思ってるのは、二割ぐらいかな、と。二割のうちで何割かしか買いませんけど、町家って元々改装しなくてもお客さんがつくんですよ。リノベしたからお客さんがつく、というわけでもないんです。
ただ、実際の生活で考えると、水回りが昔のままでは嫌だった人がたくさんいるし、お風呂も狭いし、トイレも和式だし。
今の生活ではちょっと馴染めないところがあるから、そこを綺麗にしてあげると、お客さんとしては住むのに楽、ということです。
手作り感の良さがいい
町家のリノベって、大工さんが伝統工法でやらないと駄目なんです。
今は機械カットの時代で、コンピューターで採寸して組み立てる。僕たちがプラモデルを作ったのとよく似ていて、パーツが出来ていて、それを組み立てる、っていう形なので、墨付けをする大工さんがいないんですね。
でも、町家って墨付けができないとアカンし自分でノミ使って穴を開けなアカンし。土壁一つでも、竹を編んでくれる人がいないと困るんですね。建具も、京都は古い家具が流通しているからいいんです。
全部手作りですから、その手作り感の良さっていうのが、やっぱりいいんだと思います。
「経年美」という基準
家もそうなんですけど、価値というのは時代とともに評価の仕方が変わっていくものだと思うんです。僕たちの会社では「経年美」という言葉を使うんですけど、評価の基準はそこなんです。
経年変化していることを、悪いんじゃなくて良いこととして見る、という。それには定義が必要なんですけど……。例えば、昔のおばあちゃんって、柱とかを糠袋で磨いてるんですよ。毎日毎日磨くと、糠の油で、「てかーっと」光ってくるんです。
これは、1年や2年じゃ光らなくて、10年20年30年と、やればやるほど光っていく。こういうのを、評価できるかできないか、の問題なんです。
例えば、そこの柱とか、割れてて、穴が空いている。これを汚く思うか、いいと思うか、という感性の問題があって、見る人によって「よい」ということになれば、今度は加工するときにそのよさが出てきますよね。駄目だと思う人は、隠そうとしますから。
街の不動産屋さんの見る不動産と、僕たちから見る不動産とは違うと思います。僕たちは、二束三文と言われる物件ほど面白く感じるわけですよね。それを加工して、そこそこの良い値で売れると、これは楽しいですよ。
こちらは三代目の若旦那、西村直己さん。会社を笑顔で案内してくれました。
町家はコストがかかる
建築基準法は1950年にできたので、町家はそれ以前の建物だから、法律がないんです。何をしてもいいんですよ、極端に言ったら。
法律のできる前の建物だから許されている、という範囲のところで、僕たちは仕事ができている。国は潰せとは言ってませんのでね、残すことに対して文句は言われない。新たに作ったら駄目、ということですね。
耐震性を高めるか、潰すか、どちらかにしなさいということなんですけど、町家の耐震化ってすごくお金がかかるので、それよりも潰す方が手っ取り早い。
国の法律は、ある意味では町家を潰せと言っている。僕たちはあんまりいいことじゃないと思っているんですけど、全国的に見たら建て替えるのがいいだろう、と。でも、京都にとっては、あまり好ましくないですね。
「町家の日」を作った
不動産屋さんってやっぱり、目先の利益がものすごく強い業種ですから、もちろん、僕のところも当然利益は必要ですけども、それだけじゃなくて、京都が京都らしくあるための仕事のなかで、うちの会社が動けるところっていうのがわかってるつもりなんで、極力、町家が残るようにしたいんです。
それで、町家の日を作ったんですよ。なんやかんやの日、というのは登録制になってるんです。誰でも登録できるんですよ。
去年、3月8日を「町家の日」にしたんです。「マーチ」の「や」っていうと皆が笑うんですけど、笑って頂くと覚えてもらえるんです。
京都だけじゃなくて、どこの地域にも町家はあるんで、また展開が広がるかなと思いまして。それで、町家の日の発祥の地が京都にしといたらええかな、と。
町家を残す条例を作る
UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の学生が15人ほど来て勉強会をしたときに、僕たちの町家を見せたんですね。
質疑応答で「毎年700〜800軒ぐらいの町家が潰れます」という話をしたら、「どうしてそれを止めないんですか」と聞かれまして。
そういうこと言われたら僕、町家を潰すのを止めること、何もしてないなと思って。なんかしないと、という気持ちはあったんです。
それで、提言というか、建物が潰れない条例を作れないか、という話をして。NPO法人京町家再生研究会理事で京都府立大学の宗田先生という方がいるので、その方と相談しながら、京都市に提言したんです。
どういう条例かというと、町家を届け出してから一年間は潰せない、というものです。一年間潰せないのがどういうことかと言うと、簡単に潰す人には売らんといてくれ、ということで、残す人に売ってもらう努力を一年間やって、それで買い手がいなかったら潰してもいいよ、っていう条例なんです。
まあ商売にならなくても
人の所有物、財産権を、ある意味で言ったら厳しく制限してるんです。僕は短くてもええと言ったんですけど、とりあえずは一年間ということになって。
今の京都市長って柔軟な気持ちを持ってはる方で。門川さんって言うんですけど、門川市長が居る間にいろんなことやっといたほうがええなあ、と。条例が施行されたら、それはええことだなと思ってるんですけどね。
街づくりというキーワードは、ある意味で僕たちと合うんですね。ただ、街づくりが商売になるのか?っていう(笑)まあまあ、直接商売にならなくても、間接的になっている、っていうのがありますよね。
京都のためにやっている、っていうのもあるし、面白いから町家をやっているし、商売になるから、というのもありますよね。
面白くして失敗してもいい
僕たちの会社には、面白いからやる、というのがずっとあるんですね。面白いことしたいってことは、逆に言うたら失敗する可能性も高いってことです。
失敗したらアカンぞって言ったら面白いことは出来なくなるんで、面白くして失敗するな、なんてことはできないんですよ、おそらく。
だから、失敗するんですよ。失敗してもいいよって。そうじゃないと、面白くしろ、言うても、口だけやということになっちゃう。やってみんとわからないんじゃないかってことで、やってみるのが大事なんです。
町家の商売だって、それがあるから始められたと思うんです。昔なんて、それこそ古い家はどんどん潰してたんですから。
中村雁治郎さんの家がね、岡崎にあったんですけど。中村雁治郎さんの灯籠が、今でもうちの庭にありますよ。うちの親父が「この灯籠ええから!」って自分とこの庭において(笑)
お家のほうは、潰してしまいました。当然ですやん。それはもう当時は、建売業者としてはそんなこと考えてないし……。まあほんっとに面白いですね。長いことやってるとね。
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