なんか、数年前に見た邦画に
こんな家に住む主人公がいたな、と思った。

大都会の隙間のような場所に
ひっそり、ちょこんと佇む古い平屋。

それまでのマンション暮らしから
突如こんな家に移った僕に
友人らは驚いていたけれど、
こっちの方がしっくり来るね、
と言う友人もいたし、
自分でもそう思う。

東京から電車で2時間ほどの
のんびりした田園も広がる土地で
育った僕にとって
やはり、土の匂いがするのは落ち着くし
毎朝、起きて、地面に足がつけるだけで
ホッとしたりする。

雑草はすごい生命力で生えるし、
この春先には、オオイヌノフグリや
タンポポが生えてるのを見て
感動を覚えてしまったくらいだ。

雨が降ると、もわんと、
生温かい雨の匂いが充満する。
眺めは良いとは言えないけれど、
小さな自然と、風を、肌で感じられるのが
何よりも、良い。

母は「へぇ、新宿なんて都会に
こんな家まだあるんねぇ」と感嘆していた。

数週間前に母が置いてった乾物や缶詰は
まだ封を開けずにそのままある。
タッパーの惣菜やお菓子は
数日のうちに無くなった。

レトルトは、本当に困った時のため、と
まだ手をつけておらず、
一応毎日ご飯と汁物は用意している。
意外としっかりした台所だから
使わないでおくのが申し訳ない感じだし
結婚した時のため、料理のレパートリーは
増やしていきたいと思っている。

お風呂やトイレは
新しくなっているのだけれど
最新式！ではなく、

なんとなく懐かしさを覚える
ややレトロ風情で。
でも、不便はなく、ちょうどいい。

木板に囲まれたトイレは
思いの外落ち着く。
逆にピカピカの最新システムだったら
僕の方が尻込みするだろう。

トイレの電気は、
あの赤い輪っかのついた紐を
引っ張って点ける。
古さが絶妙に残ってて、愛着が湧く。
このグリーンのドアや
山吹色の壁もだけれど

玄関の上がり框の収納扉のカラーリングも
絶妙で、かわいい。

最近やっと気温も上がってきたおかげで、
朝から窓を開けられるようになって嬉しい。
そろそろ簾でも用意しようかと思う。

この鍵をキュイキュイ回し
カシャカシャ音を立てる窓を開ける度に、
この家への愛おしさがグッと増す。

そして、彼女が初めてやって来た。

思いの外、ここを気に入って
長いこと縁側デッキで過ごした。
お盆にお茶とお菓子を載せて運んだだけで
キャッキャとはしゃいでいた。

「いいなぁ。私も、ほんとはこんな家が
好きだったの、思い出した」なんて言って
「今のアパート、やっぱ違うんだよね…」と
呟く横顔を見て
「結婚」という言葉が
口から出そうになって
「けっこ、う、良いよ、狭いけど…
夏はここでスイカ食べたりさ、」
と慌てて言いながら、
耳が真っ赤になるのを感じた。
「縁側スイカいいね！それやろうよ！」

後ろをぐるっと振り向いて、
「二人暮らしでこの広さはどうなんだろう」
と言う彼女に、ドキッとする。

「ああ…くっついて小さく暮らすのも、
悪くないね」とボソリ呟くと
「なんか、映画っぽいね」と笑う。
あの映画のエンディングはどんなだったけ、
いや、今はそれは関係ない、えっと…、

野良猫が目の前の垣根に
ミャァと鳴きながら現れた。
こちらを一瞥して大あくびをする。
頭の中が激しく回転し、
汗が噴き出るのを感じながら、
次にどんな言葉を言うべきかと呼吸を整え、
彼女の手に、そっと手を重ねた。