「この際、二人で暮らそうよ」 大きなエイが泳ぐ大きな水槽の前で 彼が不意に言った。 転職したのを機に、職場に近い新居を 探していると伝えたのは1週間前。 駅の向こう側にいい部屋を見つけて 内覧の予約がとれたから、 この水族館からだと少し歩くけど ついでに見に行こう、と。

普段はのんびり屋さんなのに、 やると決めたら大胆に 用意周到な彼なのだ。

1978年築のレトロなマンション。 ワンルーム住まいの私には 1LDKはとても広く感じる。

やだちょっと、素敵じゃないですか。 スッキリとした白い天井に ライティングレールの照明。 床は味のある色合いのフローリング。

くすみカラーのアクセントクロスは 私の憧れ。 あれ、言ったことあったっけ？ 「ずいぶん前に、テレビ見ながら いいなーってつぶやいてたよ」と、彼。 あなたの記憶力には いつも、頭が下がります…。

窓の柵が、子どもの頃に住んでいた 団地を思い出させてくれるのも、 ノスタルジックで嬉しいな。

エアコンの下のでっぱりは 飾り棚にちょうどいい。 何を飾るかは、あとでじゃんけんね。

キッチンもいいんだよ、と 得意げな彼。

サックスブルーのタイルに スポットライト。 木とアイアンの吊戸棚と シンク扉もトータルでデザインされいて とってもおしゃれ。 白色のワークトップもかわいくて、 2くちコンロにグリル付き。 ええ、そりゃあ、 得意げにも、なるでしょうよ。

窓も大きくて、 明るくて気持ちがいいね。 実はあんまり 期待してなかったんだけど、 意外にも、わたし好みの素敵な部屋。 二人ではじめる暮らしのイメージが もりもりとふくらんでくる。

サニタリーも素敵なのね。 洗面台にも白のタイルが使われていて 清潔感のある、かわいらしさ。

浴室にもアクセント壁。 追い焚き機能付きだから、 残業の日でも気にせずに お湯を張れますよ、 と不動産屋さんが言う。 たしかに、それはありがたい。

寝室はダブルベッドが 置ける広さ。

クローゼットも 奥行きがあっていいね。

池袋駅から歩いて7分だから、 今の部屋と比べると だいぶゆっくり寝られそう。

すっごくいいお部屋で とても気に入ったんだけど、 わたしにとっては 初めての二人暮らし。 そんな不安が 顔に出ていたのか…

「朝一番の『おはよう』は、 君に言いたいんですよ」 と、なぜか敬語になる彼。 「あ、はい…おそれいります…」 はにかみながら、わたしは返事した。

不動産屋さんは 聞かないふりをしてくれていた。

文・葱山紫蘇子 劇団維新派→色々→介護業を経験。漫画と建物と書き出し小説が好きな4人の子を持つ大阪のシングルマザー。 @sisokoex