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東京 亀有の町工場に再び灯りがともる時。

ひと目見てわかる、
ゆったりサイズのお家。
東京・亀有で
敷地面積およそ230㎡ですって。

すてきなアーチの玄関…と思いきや、
なんとこちら、裏口だそうです。
何やらただものではない雰囲気。

間取り図を見てみると
1階はほとんどが「作業所」。
もうおわかりですね、
町工場を併設した一軒家です。

ちなみにこちらが正面玄関。
焦げ茶色の扉をあけると

パタパタと開く下駄箱。
なつかしいな。

その隣に…潜り戸!?
ここが工場の入口です。

ほほぉ…忍者屋敷のようで胸が高鳴る。

この物件の軌跡に
少し触れておきますと……
ときは第二次世界大戦後。
東京大空襲で、深川から焼け出された
オーナーさんのおじいさまは、
亀有に移り住んでご自身の技術を磨き、
戦後のバラックで地道に製造業を続け、
小さな工場をつくりました。

オーナーさんから特別に
当時の貴重なお写真を
お借りすることができました。

ご家族と、一緒に働く職人たちと共に
半世紀以上にわたり

自分たちだけが持つ
高度な特殊技術を駆使して

某有名メーカーの
マリンエンジンの部品を
つくっていたそうです。

多い時で7人の職人さんが働く、

小さくも活気に満ちた町工場でした。

耐震補強はされていますが、
休憩室や食堂

とても器用だったという
オーナーのお父さまが作ったと思われる
道具を収納する棚も当時のまま。

日本が経済大国と呼ばれるようなった
高度経済成長真っ只中の激動の時代。

己の腕を信じて粛々と、実直に働き

日本経済の礎を築いた
名もなき職人さんたちが

この町工場で
汗水を流していたんだと思いを馳せると

胸に迫るものがあります。

二階は家族の憩いの場。
働いた後の心地の良い疲れを感じながら
階段を上がっていたんだろうか。

2階は5DKの間取り。
ご近所に住んでいた棟梁により
建てられたのだそうです。
最初は2軒の建物だったのを
少しずつ敷地を買い足しては建て増し、
立て直しを経て今の「くの字」の形に。
最後に木造民家が
2軒建っていた場所を買い取って

トラックやバン、自家用車の
3台が停められる
広い駐車場として整備したそう。

室内をひと目見て、
いい雰囲気の昭和レトロ感に
つい惹かれるのですが

すがすがしい風と光を届ける
南向きの廊下と窓。

手をかけて建られたのがわかる
隠しきれない品の良さ。

意識していたわけではないのだろうけど
淡々と、いつもどおりの日常の中で

住んだ人に慈しまれてきたであろう
面影があちこちに。

洋室はカーペット敷きと

フローリングの洋室の2室。
いい場所にいい棚がありますね。
奥に二段階になった
立て付け家具だそうです。
あの照明も好みですよ、
昭和のなつかしいかおり。

3間ある和室のうち、
とくに8畳の和室は手が込んでいて、
季節ごとに夏物と冬物を
入れ替えられるように、
手前と奥の二段階に分かれた
深い建て付けのクローゼットがあり

床の間には黒檀、

長押に1本の桜の木が使われていて

掘り上げ天井は棟梁の息子が
手作りした唯一無二のもの。
この和室は日舞のお稽古に
使われていたそうです。

さらにさらに
屋根裏部屋まであったりして。
どこまでも個性的なつくり。

ここも忍者屋敷っぽい…。

照明も付いている。
収納にもってこいですが
私ならここにもこっそり
こもれる場所を作りたい…。

キッチンは
大家族、大人数でも
どんとこいの広さですし

洗面所やバスルームも

かなり広く取られていますね。

あ、トイレにもレトロがちらり。
ところどころに垣間見える
この物件の愛嬌に親しみが湧く。

のどかだ…。
ベランダからは
貨物船がポッポと横切る中川と、

街の姿が見渡せます。
夏にはいくつかの花火大会が
眺められるそう。

夜はまた違った雰囲気ですね。

大都会の景色が見えるのに、
ほのぼのとした環境。

ストイックに働く場所と
心和む暮らしが
同じ場所にあるのが当たり前のお家。

手狭になったアトリエを
思い切って広くしたい人、
または、今より広い作業場を
探している人などなど…
作業できる広い場所を
お求めの方に
見つけてもらえないだろうか。

どうか、激動の時代を支えてきた
この町工場に
新たな灯りが再びともる日が
再び訪れますように。
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