部屋を好きなものだらけにするとか、
とびきり居心地の良い空間にするとか、
玄関開けたら自分の城、
っていう安心感は
もちろんとても大切なことで。

だけど、その建物自体が大好きで
帰るのが楽しみで、心ときめくって、
なかなかにスペシャルなことじゃないかと思う。
夕暮れになると
なんだか無性に心もとなくなって
ひとり暮らしのアパートに帰る足取りが
少し重くなることがあったのが
ここに来てからはそれがない。

異国の路地裏に迷い込んだような
この道は、さわさわ緑が揺れ
かわいい窓たちから灯りが漏れて
ざわざわと人の気配がして
なんだか、ほっとする。

神戸の映えスポットとしても有名みたいで
スマホで自撮りする子たちの横を
写り込まないようそそくさと通り抜けると

アーチを描く愛らしい入り口が
いつでも優しく「おかえり」って
私を迎えてくれる。
クラシカルな看板やシャビーな扉、
白いタイルの壁に茶色の階段が
サロンにでも向かうような
心地にさせてくれる。
毎日がちょっぴり特別。

この間取りを見た時
なんていうか「実直！」って感じがした。
洗練されてなくて
ちょっと不器用だけど
嫌味なところが全然なくて、
ぐるりL字のバルコニーにグッときた。

キッチンを見た時は
「めっちゃいい子！」って思った。
背伸びせず仲良くなれそうっていうか。
うん、たとえが独特って友達にも言われる。
ピカピカ今時なリノベーションじゃなく
レトロな若草色にポテッとした取っ手、

だけど白いサブウェイタイルに
ぴったりなのが憎めないし
なにより実用性重視で
のびやかなところがいい。

お風呂はよくあるユニットバス。
ひとりだとお湯を張るまではめんどくさくて
結局シャワー、てことが多いから
これでちょうどいいんだ。

和室も特におしゃれじゃない。
でも居心地はめちゃくちゃいいし
収納力も頼もしい。
休日昼下がりの
陽だまりなんか、特に最高。
ぐるり囲むバルコニーの存在が大きい。

洗濯物を干してると、
時々同じく洗濯を干す向かいの人と
目が合って軽く会釈をする。
昼近くになると
下の道も人通りが出てきて
色んな気配が混じり合う。

ここから見る夕暮れの景色が特に好き。
橙色と赤紫色がとけて
藍色に向かう空の下
ポツポツと灯りが灯る
あちこちの窓辺を眺めて

ふと、電気をつけておらず
もう部屋が暗いことに気がついて
立ったついでにそのまま玄関出て
フラフラと外を歩いてみたり
今夜の惣菜を買いに出てみたりする。

二十代の頃、ひとり旅で
静かなホテルを飛び出して
屋台が並び大勢の人が行き交う街、
カオスな路地裏を
何時間も歩いたバンコクの夜を思い出す。
あそこまで濃密な匂いはしなくて
漂う空気は私にやさしい。
ひとりだけど、ひとりじゃない。
コーヒースタンドに寄ろうとして
数人の行列を見て
くるりと向きを変える。
お肉屋さんのコロッケ買って帰ろ。

植え込みからコオロギの声が
聞こえた気がして、ふと立ち止まる。
頬を撫でる風は
先週の夕暮れとはもう違う。
いつも少し切ない秋の始まり。
ベランダで過ごす時間が
楽しみな今日この頃。