上品な雰囲気をまとう、 ゆるんとしたアーチの窓。 おりこうに並んだ窓は 同じように見えるけれど、 隠れている生活はそれぞれ違う。

わたしを見つけたときの あの子の姿といったら それはそれは疲れていて、 頼りなくて、心配で。 わたしを選んでくれたら ちゃんと守ってあげるのに。 そう強く思いながら、 あの子の選択を待った。

わたしはただの部屋だから、 待つしかできないのが とてもとても歯がゆくて。 他のところに行かれたら あの子を守れないと 不安になりかけたときに、 またあの子が訪ねてきた。 「やっぱり、この部屋にします」

ヴィンテージマンションと 呼ばれるほどには 歴史を刻んできたけれど、 メンテナンスされているから わたしってけっこうきれいなの。 これからずっと、長い間、 きっとあの子を守れると思う。

暮らし始めてばかりのころは、 あの子は和室に敷いた布団で 泥のように眠り続けていて。

くぅくぅと眠る姿は、 まるで安心できる居場所を やっと見つけた子猫のようだった。 たっぷりゆっくり休んでねと、 あの子の寝顔を見ながら思ったの。

だんだんと回復したあの子、 最近はたまにお料理もしている。 もともとお料理好きなのね、 鼻歌まじりであれこれ作る姿に 見ているこちらがうれしくなる。

キッチンのホワイトタイルも 今では小まめに磨いてくれるから、 こんなに美しいままなの。 ありがとうね、手間なのに。

完成したお料理たちは ダイニングテーブルに運ばれて、 あの子のお腹の中におさまる。 おにぎりとか、サンドイッチとか、 食べやすいものを作ったときは…

フローリングにぺたんと座って、 もしゃもしゃ食べるのが好きみたい。 バルコニーに投げ出された足が ルンルンと動き始めると、 あぁおいしいんだなとわかる。

最初は空っぽだった ちょっと凹んだスペースには、 ひとつずつ、ひとつずつ、 あの子のお気に入りが並び始めた。 飾られているものが増えるたび あの子の心が満たされていくようで、 わたしもホッとするのです。

ドンと大きな鏡に 圧倒されていたあの子も、 今ではもう慣れたもの。 たまに鏡で姿勢をチェックして、 グンと体を伸ばしている。

トイレ横の広い空間は、 まだ使い方を決めかねているみたい。 「部屋干しスペース？ それともそれとも、うーん」 トイレのたびにうなっていて、 なんだかおもしろいなと思う。

シャワー派だったあの子、 ここで暮らし始めてから お湯をためる派になったみたい。 あの子の体が冷えないように、 ポカポカのお湯をバスタブに たっぷり送り出している。

来客用のパーキングもあるけれど、 あの子が人を呼んだことはない。 まだなのか、これからもなのか、 それはどちらでもいいなと思う。

わたしはただ、あの子が のびのび暮らせるように。 肩の力を抜いて、安心して この部屋で過ごせるように。 これからもずっとずっと、 あの子を守り続けるだけ。

文・くまのなな 東京都在住のフリーライター。1991年生まれ。漫画と水遊びとおもちが好きです。主にツイッターにいます。 @kmn_nana