私が一人暮らしを始めたのは 築47年の2階建てアパート。

「新しいマンションじゃなくていいの？」 なんて友だちには聞かれたけれど。 だって、夢だったの。 レトロなアパートに 一人暮らしをすることが。

煌びやかではないけれど さりげないアーチや 石の装飾が 小粋な外観。

エレベーターはないから トントントンって 階段を上がる。 駆け上がらないのが 私のルール。 お部屋に着く前に 自分らしい私に 戻る時間だから。

2階に着いたら お隣さんと、こんにちは。 手には真っ赤に熟れたスイカを持っている。 もうそんな時期かぁ なんてふと思う。

小豆色のドアを開けるたび おばあちゃん家を思い出す。 〝おかえり〟 って優しい声が蘇る。

〝靴はちゃんと揃えなさいね〟 はいはい、もう大人ですからね。 段差の下に きちんと揃えて置きましょう。

6帖のリビングに ダイニングキッチン。 直感で家具の配置を決められる シンプルな間取り。

ドサリとスーパーの袋を置いて 台所へ。 窓からふわっと 風が入る。 ジージージーという 虫の音。 「ふぅ、暑い暑い」 水切りカゴに入っていた グラスに麦茶を注ぐ。

「こんな日は辛いカレーね」 キッチンにもたれて 今日の夕食を考える。

てろんとした ワンピースに着替えて ソファにダイブ。 若草色のソファ、 和室の名残がある このお部屋にお似合いでしょ。

元々はベッド派だったけれど お部屋に合わせて 手放した。 毎晩22時になったら 押し入れから布団を出して シワがないようにきっちり広げる。 ひんやりしたシーツの肌触り、 実は気に入っている。

ちゃぶ台に空っぽになった グラスを置けば すーっと身体の熱が 引いていくを感じる。 カラカラ回る扇風機の風が 心地良い。

和室の名残がある床の間には ハンガーラックと姿見を 置いたんだ。 おしゃれなクローゼットではないけれど 今の私にはちょうどいい。

「さてと、 汗を流そうかな」

目が映えるような 水色のシャワースペースに 昔ながらの黄色いプラスチックの桶。

小さな浴槽に入ったら 「どっこらしょ」と体育座り。 足を伸ばせるお風呂もいいけれど なぜか落ち着くこの空間。 レトロな感じでも 追い焚き機能がついてるの。 意外でしょ？

トイレの床は アクセントになるモザイクタイル。 ちょっとヒンヤリする足元が 夏場は心地良いんだな。

きっと、もっと大人になったら 広くて便利な家に住むときが来る。

でも振り返ったときに 愛おしい思い出として蘇るのは こんなレトロなアパートでの 一人暮らし生活なような気がするんだ。

文・よしだゆき 街散策とタイルをこよなく愛するフリーライター。元住宅情報誌編集者。築35年の中古マンションをフルリノベして暮らす2児の母。