「中から見る外はすき」と、 とんちのようなことを 彼女はぽつりとつぶやく。 僕はその言葉を聞いて、 なんとなくわかるなと 小さく「うん」とだけ返す。

ダイニングキッチンに、 6帖の和室がふたつ。 だいたい彼女は 猫のように丸くなって、 バルコニーに面した和室に ごろんと寝転がっている。

窓をカラカラと開けると、 気持ちいい風がふわりと 部屋の中を流れていく。 揺れる髪を気にせずに 風を浴びている彼女は、 なんだかとても気持ちよさそう。

ふと気づいたら 畳の上でスヤスヤと 眠りに落ちていて、 本当に猫みたいだなと 彼女の寝顔を見ながら思う。

冷えてくるとさらに 体をぐぐぐと丸めるから、 のびのび眠ってもらえるように 押入れから毛布を出して、 眠る猫を起こさないように そっとかける。そっとね。

そのままにしておくと ろくに食事もしないから、 サッと食べられるものを 適当に作るのは僕の役目。

キッチンからいい香りが ふわふわ部屋にあふれると、 彼女がもぞりと体を動かす。 そうそう、そのまま 目を覚ましてくださいよと、 お皿に盛りつけながら思う。

バルコニーからは、 元気な木々がすぐそこに。 風がびゅんびゅん強い日は、 さわやかな緑の海が ゆらゆらと揺れているよう。

夜になっても畳の上で 眠り続けようとする彼女を、 もうひとつの和室のベッドに おいでおいで誘導するのも もうずいぶんと慣れた。 ふたり寄り添って眠る時間が、 1日の中でいちばんすきだ。

そういえば水回りは いつもきれいだと思ったら、 彼女が定期的にガシガシ 磨いてくれているらしい。

「自分のテリトリーは きれいじゃないといや」と、 真顔でフンと言い切る彼女に 思わず吹き出しそうになった。

縄張り意識が強い、 ボス猫みたいなことを言う。 そのテリトリーに僕は 入ってもいいのだなと、 心の中でこっそり思った。

外に出かけることが あまりすきではない彼女も、 マンションの目の前の公園は お気に入りの場所らしい。

公園で思い思いに 過ごす人たちを眺めながら、 「遠くにいる人たちはすき」と 彼女は言う。うん、わかるよ。

たぶん僕らはあまり 人付き合いが得意じゃなくて、 だけどこの世界は僕らだけで 作られてはいないから。

安心した表情で眠る 彼女の姿を見るたびに、 僕らの安全地帯のこの部屋を、 これからも守っていきたいと思うんだ。

文・くまのなな 東京都在住のフリーライター。1991年生まれ。漫画と水遊びとおもちが好きです。主にツイッターにいます。 @kmn_nana