まるで別の世界に 迷い込んだみたいだ。 ここに暮らし始めてから、 毎日のようにそう思ってる。

ふと気づいたら 私の手の中にはなにもなくて、 あれ？これからどうしようと 慌て始めたときに彼女が言った。 「とりあえず、うちに来れば」 そうして始まった共同生活は、 夢のようで、幻のようで。

私が過ごしていた世界とは まるで違う華やかさに、 頭がクラクラしてくる。 彼女はそんな私を見て、 「いつも通りでいい」と言う。

いつも通りでいいと言っても、 私の日常にこんなに洗練された エントランスはなかったもん。 緑はきれいだし、池もあるし。

こんなにおしゃれな集合住宅、 いったいどんな人が住むんだ… と考えたところで、 あぁ彼女みたいな人が住むんだと ひとりで納得した。

「部屋の中に階段がある！ 一軒家じゃないのに！？」と びっくり仰天していたら、 「メゾネットタイプだから」と 彼女が教えてくれた。

メゾネットタイプ、 へぇ～メゾネット…。 そうつぶやきながら 上に行ったり下に行ったり。 わぁ楽しいなと思っていたら、 いつの間にか彼女が 体を震わせて笑っていた。

私にできることで 彼女の役に立ちたくて、 試しに料理をしてみたら 驚くほど食べてくれた。 もりもり、ぱくぱく。

「久しぶりにおいしい」と うれしそうに彼女が笑う。 普段はどんなものを 食べているのか聞くと、 少し考えたのちに彼女がつぶやく。 「液体とか」。……液体？

この部屋の印象は、 彼女の雰囲気そのまんま。 気高くて、洗練されていて、 どこか儚さもあって。

白くてすべすべの床が とっても気持ちがいい。 裸足でするんとすべっていると、 「無垢材だから違うのかも」と 彼女が教えてくれた。 この部屋に来てから、 新しい知識がポンポンと 頭の中に入っていく。 無垢材、むくざい、むく。

バルコニーからは、 共有部ですくすく育つ 木々を見ることができる。 いつも同じなようで、 毎日違う顔を見せてくれる 元気なグリーンたち。

水回りの床は なんだかシックだ。 ピシッとした空間だけど、 お風呂のあたたかなにおいは どこも変わらないなと思った。

「ハイセンスすぎて ソワソワしちゃうね」と まだ慣れない私が言ったら、 「いつか慣れるよ」と 未来をさして彼女が言った。

慣れるかな、いつか。 呆れずに待っていてくれる？ いつかを夢見て今日も過ごすよ、 あなたがくれた新しい世界で。

文・くまのなな 東京都在住のフリーライター。1991年生まれ。漫画と水遊びとおもちが好きです。主にツイッターにいます。 @kmn_nana