将来を考えずにいることが、 今を楽しむコツだって。 いつしか未来を夢見ることさえ 諦めていた私に、彼女が言った。

「そろそろうちらの家、 ちゃんとあってもいいかなって」

「海のそばに住みたいって、 いつか言ってたでしょ」 ニコニコしながら 彼女が見せてきたのは まるで夢みたいな家で、 そう、夢みたいな家で…。 受け止め方がわからない私に、 やさしい口調で彼女が続ける。 「この先を考えてもいいじゃん、 だってふたりでいたいでしょ」

暮らし始めたばかりのころは、 やっぱり夢の中みたいで。 帰宅して家が見えてくるたび、 部屋が空っぽだったら どうしたらいいんだろうって。 玄関を開けて不安を 少しずつ消していくうちに、 やっと「ただいま」を 笑顔で言えるようになった。

フルリノベーションされて ピカピカになった部屋は、 きれいと居心地のよさを どちらも兼ね備えていて。 よく探してくれたなぁと、 彼女の手腕に感動する日々。

19.5帖の広い広い リビングダイニングで、 私たちは食事する。 ふたりで話して笑い合う。 たまには怒って泣いて、 ひとりでむくれてみたりする。

大きな窓からは、 さらにずっと大きな海が とぷんとぷんと揺れている。

早起きした朝の海、 しとしと雨を浴びる海、 真っ赤な夕焼けを吸い込む海、 とっぷり静かな夜の海。 たくさんの海を、 ふたりでこの窓から見る。

丁寧に整備された公園の みずみずしい緑に、 真っ青な空と海が映える。 何度見てもきれいだなぁと 心の中で思っていると、 隣から「きれいだねぇ」の声。 うん、私もそう思ってた。

使いやすいキッチンには、 いつもふたりで並んで立つ。 メイン担当と副菜担当で その日によってわかれて、 あれやこれやを作っている。

お互いの料理を ひょいと味見しながら、 おいしいと褒め合いながら。 ひとりなら面倒な作業でも、 一緒ならおしゃべりのついでに あらゆることが終わっている。

ふたつある洋室は、 左は仕事場、右は寝室。

自宅で仕事をする彼女の 平日の居場所はここ。 眉間にしわを寄せて うんうんうなっている彼女が、 私の帰宅に気づくと へらりと表情をゆるめて 「おかえり」と言う。

クローゼットのある洋室は、 大きなベッドを置いて寝室に。 波の音を聞いたあとは、 ぽやりと光るペンダントライトが まるで海の上の月みたい。

洗面台の3段のラックは、 1段目はふたりのもの。 2段目は私のもので、 3段目は彼女のもの。 スキンケアもヘアケアも 使うものが違うふたりが、 置き場所で揉めないように。

ゆったりしたお風呂は、 ふたりで入っても まだ余裕があるくらい。 明日食べたいものを ぽつぽつと話しながら、 静かな夜の時間を過ごす。

トイレはこじんまり感が ホッと落ち着くもんだから、 たまに長居して彼女に 「こっちはピンチですー」と たしなめられる。ごめんね。

からりと晴れた日には、 ふたりで公園を散歩する。 あまりにも気持ちよくて、 つい口からこぼれた 「ずっとここで暮らせたらなぁ」。 ハッとした私を見て、 彼女がうれしそうに笑う。 「いいじゃん、ずっとで。 こっちは最初からそのつもりだし」

文・くまのなな 東京都在住のフリーライター。1991年生まれ。漫画と水遊びとおもちが好きです。主にツイッターにいます。 @kmn_nana