「上京するから！」と あなたが言い出したときは、 それはそれは心配で。 そばにいてくれたら すぐに助けに行けるのに、 遠くにいたらできないじゃない。 そんな思いをグッとこらえて、 「行ってらっしゃい」と 必死に笑って送り出した。

あんなに小さかったのに、 自分で家を探せるまでに 大きくなっていたのね。 広すぎず、狭すぎず。 自分に合ったお部屋を、 ちゃんと見つけられたのね。

「ここにしようと思う」と あなたに写真を 見せてもらったとき、 実は少しだけホッとした。 なんだかやわらかくて、 明るくて、やさしくて。 あなたをちゃんと、 守ってくれる気がしたから。

「いいお部屋でしょ」と、 ビデオ通話の向こうで あなたがニコニコ笑う。 コンパクトな収納の横には、 お部屋にぴったりな木の ラックが置いてあった。 「自分で選んだの？」と聞けば、 「友達と買いに行った」と 照れくさそうに返ってくる。

収納のハンガーパイプには、 こっちでもよく着ていた お気に入りのワンピースが おりこうにかかっていて。 また着た姿が見たいなと、 こっそり心の中で思った。

キッチンにも窓があって、 日当たりがよくていいね。 太陽の光をたくさん浴びて、 できるだけいつも 元気でいてほしいから。

料理は勉強中らしく、 「昨日はお肉焦がしちゃった」と 残念そうに話していた。 大丈夫だよ、これからだよ。 きっとどんどん上手になって、 私が作るよりおいしいものを たくさん作れるようになる。

かわいらしい3点ユニットは、 こまめにシャワーで きれいにしているらしい。 あんなに掃除が苦手だったのに すごいぞ、えらいぞ。

成長に感動していると、 ふとビデオ通話に映った 玄関にはごちゃりと積まれた たくさんの靴、靴、靴。 懐かしく思いながらも、 「靴、片づけようね」と 少しだけ注意した。

「あのね、家の周りも とってもきれいだよ」と、 うれしそうにあの子が言う。 ビデオ通話でぐるぐると 周りを映しながら、 はずんだ声であれこれと 私に説明してくれる。 大丈夫かな、転ばないでね。

「家の周りは木がたくさんで、 葉っぱの音が気持ちいいよ」 「たぶん夏になったら、 セミがみんみん鳴くと思う」

「木がたくさんあって、 うちの周りと似てるよね」 「まぁ、こっちのほうが ずっとずっと都会だけど！」 「あと、そう！これ見て」

ビデオ通話に映されたのは、 大きくて立派な木蓮。 「うちの近所にもあったでしょ！」 小さな子どもみたいに、 カラコロと楽しそうな笑い声。 そうか、あるんだねぇ。 こんなに立派な木があるなら、 きっと守ってもらえるね。

お隣には公園があって、 たまにお散歩するらしい。 自然が好きなところは、 やっぱり変わらないのね。

もう近くにはいないけど、 ずっとここで応援してる。 あなたが楽しくいられるように。 もし悲しいことがあっても、 またきっと笑えるように。 自分で選んだお部屋と一緒に、 どうか元気で過ごしていてね。

文・くまのなな 東京都在住のフリーライター。1991年生まれ。漫画と水遊びとおもちが好きです。主にツイッターにいます。 @kmn_nana