カクカクとした部屋の形を、 「使いにくいかも」と 残念そうに言う人がいた。 「もっとふつうがいい」と、 他の部屋を探しに行く人もいた。

ぼくはただの部屋だから、 悲しくても涙が出ない。 誰かに住んでほしいな、 ぼくをすきになってほしい。 そんな気持ちがふつふつと 生まれてきたころに、 君と出会った。

「おもしろい形ですね！」 部屋に入ってきた瞬間に、 カラカラと明るい声が響く。 「家具の配置は工夫が必要で」と 言葉を選ぶ不動産屋さんに、 その子は歯を見せて にししと笑った。 「私の腕の見せどころですね」

それからすぐに、 君はここに来てくれた。 空っぽの部屋が たくさんの荷物で いっぱいになって、 僕の気持ちもホカホカに。

大きなベッドを 部屋の真ん中に どーんと配置した君は、 眠くなると時間は気にせず そこで大の字になる。 豪快に笑う君は、 寝方も同じく豪快だ。

部屋に差し込む たっぷりの光を、 君は気持ちよさそうに 全身で浴びる。

窓がたくさんある部屋に 作ってもらえてよかったなと、 日向ぼっこをしている 君を見るたびに思う。

どうやら整理整頓は 苦手なタイプらしくて、 いつもなにかを探している。 靴下の片方とか、 しわになっていないシャツとか。

中身がぐちゃぐちゃでも 扉でちゃんと隠してあげるけど、 もう少しきれいにしたほうが 使いやすいんじゃないかって 実はこっそり思っている。

もうひとつの収納には、 漫画やゲームが きっちりと並んでいる。 自分のすきなものだけは、 整えるのも苦じゃないらしい。

たまに元気がない日は、 君はのろのろとベランダに出る。

外の空気を感じながら しばらくぼーっとしていると、 少しずつ回復するらしい。 元気を出してと君に 伝えることはできないけど、 君が少しでも安心できる 居心地のいい部屋でありたい。

キッチンは 2くちのガスコンロ。 調理台も広くて、 自分で言うのもなんだけど 使いやすいんじゃないかと思う。 魚焼きグリルを 使ってもらえた日は、 たくさん役に立てた気がして ふふんと得意な気持ちになる。

キッチン上の収納には、 洗剤やキッチンペーパーの ストックが置かれている。 家にあることを忘れて また買ってきてしまうから、 もう荷物がパンパンだ。

すぐそばにある スポットライトも、 なかなかセンスがいいでしょ。

君は朝に弱いから、 寝ぼけたまま行動して たまにドジなことをする。 クールミントの歯磨き粉で 顔を洗ってしまったり、 逆にいい香りの洗顔料で 歯をゴシゴシ磨いたり。 それでパチッと目が覚めて、 「うあ～～」と ひとりで叫んでいる。

お風呂はコンパクトだけど、 緑のラインがいい感じでしょ。 たくさんのホワイトタイルに 緑が混ざっていると気づいたとき、 やった！って思ったもん。

トイレの棚には、 読みかけの小説がある。 部屋で読めば？と思うけど、 トイレがいちばん 集中して読書ができるらしい。

カクカクの壁を 上手に使ったオープン収納。 靴だけじゃなくて、 鍵とか、折りたたみ傘とか、 いろいろなものが置かれている。

トコ、トコ、トンッ。 たまにはずむような 君の靴音が聞こえると、 ぼくはいつもうれしくなる。 帰ってきてくれる人がいるのは、 部屋にとってなによりも ハッピーで、しあわせで、 ありがたいことなんだ。

君がこの部屋を 選んでくれてよかった。 カクカクの部屋を見て、 おもしろい形だと よろこんでくれてよかった。

君のこれからの人生が、 どうかおだやかでありますように。 君を守る部屋として、 いつもいつも、 君のしあわせを願ってるよ。

文・くまのなな 東京都在住のフリーライター。1991年生まれ。漫画と水遊びとおもちが好きです。主にツイッターにいます。 @kmn_nana