「一緒にいたいな」と 言ったのは僕からで、 「一緒に住む？」と 言ってくれたのは君から。

「それもいいかもね」と 軽く返事をした僕の不安を、 きっと君は気づいていた。

現実になるかわからない、 ぬか喜びはしたくなかった。 だから君がほんとうに 「ここがいいと思うんだけど」と この家を探してきたときは、 心臓がバクバク鳴った。 「いいんじゃない」と 軽く笑って言ったけど、 ひとりになってから こっそり泣いた。

僕は料理ができないから、 キッチンに立つのは いつも彼のほう。 ひとりのときに 試しに肉を焼いてみたけど、 消し炭になってしまった。 部屋中焦げのにおいが 充満していたのに、 素知らぬ顔をしてくれて。 どうしてそんなに気持ちを わかってくれるのかと思う。

リノベーションされた部屋を 君が選んでくれたのは、 「住むならきれいな部屋がいいよね」と 僕が何気なく言ったからでしょう。 アイランドキッチンの 向こうに見える君を いつもこっそり眺めながら、 心の中でお礼を言う。

おしゃれなキッチンからは、 おしゃれな料理が生み出される。 名前のわからないパスタとか、 よくわからない異国の料理が。

たまに冷蔵庫から 飲み物を取るフリをして、 料理している様子を 近くで見たりもするけれど、 手際がよすぎて参考にならない。

君が作るものは なんでもおいしい。 味の深さなんて僕には よくわからないけれど、 ただただ「おいしい」と 言いながらたくさん食べる。 君はいつも少しだけ笑いながら、 「うまいだろ」とつぶやく。

寝室とダイニングは、 カーテンでゆるく区切っている。 扉で空間が遮断されないのは、 僕にはいろいろと助かる。

キッチンにいる彼に、 暇なときは「おーい」と 特に用がなくても 呼びかけることができるし。 一方的に僕が拗ねたときも、 部屋にこもらずにいられる。

電源つきの作業スペースには、 彼の仕事道具が並ぶ。 たまにそこで作業をして 難しそうな顔をしている彼を、 僕は後ろからただ見つめる。 はやく終わらないかなと思いながら。

クローゼットはほぼ僕のもの。 仕方ないよね、 だって僕は衣装持ちだし。 彼は荷物が少ないから、 別に文句はないらしい。

君と住むようになって、 僕は早起きになったよ。 本意ではないけれど。 君が朝からガタゴトと 料理を作り始めるから、 音とにおいで起きてしまう。

当たり前のように 朝食を一緒に食べる人がいる。 それがこんなに 満たされた気持ちになるのだと、 君と住んでから知った。

バルコニーから 出られるスペースで、 彼はたまにDIYをしている。 ペンキやニスが手につくなんて 僕には考えられないけれど、 楽しそうな姿はいい。 僕が見ていると知ると 早々にやめてしまいそうになるけど、 もっとやっていいのにと思う。

ホテルみたいな洗面台には、 僕が選んだおしゃれな 洗濯機を置いた。 掃除は苦手なほうだけど、 ここのタイルだけは いつもきれいでいてほしいから、 けっこう小まめに磨いている。

君はササッとシャワー派で、 僕はゆっくりお湯につかる派。 浴槽に入らない理由を聞いたら、 「暇だから」と言っていた。 僕たちはなにもかもが違う。

どこでも本を読む君に、 トイレで長居するのだけは やめてくれと頼んだ。 トイレの催促をするのは、 やっぱり恥ずかしいでしょう。

君の靴はふたつかみっつ、 僕の靴は数え切れないほど。

服や靴にお金を使うなら、 本をたくさん買いたいらしい。 そういうところも、いい。

そういえば煙草を吸う彼の姿を しばらく見ていないと思ったら、 喫煙不可の物件らしい。

吸いたくならないのか聞いたら、 「お前が煙が苦手だって言うから」と さらりと返してきた。 なんだか気持ちがこそばゆくて、 「ふぅん」とだけ、僕は返した。

文・くまのなな 東京都在住のフリーライター。1991年生まれ。漫画と水遊びとおもちが好きです。主にツイッターにいます。 @kmn_nana