路面電車が好きだ。
小さな車両が小さな線路を
カタコトンと可愛い音を立てて走る。
ファンファンファンと柔らかい踏切の音も
なんだか郷愁を誘う優しさで好き。

東京にもいくつか走る路面電車のひとつ、
東急世田谷線が私の住む
アパートの近くを走っていることが
いつもいつも、嬉しくって、
その音にじっと耳を澄ます。
特に夜は昼間より音がよく届く。

アパート、って言ったけど
心の中では「アパルトマン」って呼んでる。

内見に来た時、お父さんは
「ずいぶん小さい部屋だな」
と言い、お母さんは
「私も若かったらここに住みたかったわぁ」と目を輝かせ、
ふたりで顔を見合わせニッコリした。
案内されていくつか見たアパートの中で
いいようもない優しく
あったかい空気を
肌で、足の裏で、直感的に感じて
絶対にここがいい！
ここじゃなきゃ嫌だ、とすら思った。
大都会の中でこんな部屋に出会えたことは
奇跡なんじゃないかなって思う。

この小さな部屋で私は
小さな女の子のための服をつくり
小さな刺繍を紡いでいる。
秋晴れの気持ち良い昼下がりには
通り抜ける風を頬に受けながら
生成り色のリネンに
赤や黄色の葉っぱや木の実、
そしてポケットからひょっこり顔出すリスを
ちくちくちくちく縫う。

鈴虫の声が聞こえる静かな夜には
開けた窓から届くコトコトン…という
路面電車の音に合わせてミシンを走らせる。
深い藍色の布に銀色の糸を
夜空を駆け抜ける銀河鉄道のように
一直線に。

時々、同じアパートに住む男の子の
ギターの音が聴こえてきて、ふと手を止めて
小さな庭に出る。
多分彼のオリジナルの曲に
勝手に私の鼻唄を乗せる。

昨夜たっぷり作ったミネストローネを
またコトコトと火にかける。
実家にいた頃はサボテンさえも枯らすという
要らない才能があったけれど
ここに来てからは、今のところ
窓辺に並ぶ小さな木々は
なにひとつ枯らすことなく育っている。

全てがぐるりと視界に入って、
何歩かで手が届く。
このサイズが私にはちょうどよかったんだ。

そして、このアパルトマンの可愛さが
いつも私を元気づけて励ましてくれる。

トイレの床も部屋と同じくらい気持ちよくて
ついつい物思いにふけって
長居して、あっっ！という
刺繍の図案が浮かぶことがある。
だからペーパーホルダー上には
メモとペンが常備してある。
インスタでちょっとづつ売っていたのが
買いたいという人が徐々に増えて
ネットショップをオープンさせた。

毎日毎日、私の作った小さな服は
どこかの可愛い子の元へ旅立っていく。
アパート名の「nana」は
部屋数7戸の「7」であり
フランス語で「女の子」という
意味だそうだ。
それを知った時、ちょっと鳥肌が立って
自分のブランド名(というのはちょっと恥ずかしいけれど)に「nana」を足した。

いっぱいいっぱいにならないように
オーダー数を調整しながら。
小さな部屋を生地の山にしないように
まめに買い出しに行きながら。
世田谷線にコトコトと揺られる時間も
また至福の時。
街や電車の中、頭の中に生まれた形や色が
物語となって
今夜も私の小さな部屋で
静かに無限に紡ぎ出されていく。