彼女にかしこいと 思われたかった。 そんなちっぽけな願いで、 ろくに理解もできないのに 購入したビジネス本。 結局最後まで読めないまま、 いまは彼女の頭のよさそうな 本たちに混ざって、 居心地が悪そうに ひっそりと並んでいる。

居場所のない私を やさしく迎えてくれた あたたかな彼女を、 私は幻滅させたくない。 堂々と胸を張って、 隣に並んでいたいのに。

私は知識豊富ではないから、 彼女のふと発する単語が まったく理解できなくて、 いつもポカンとしてしまう。

きっと呆れてるだろうな。 どうしてこんなことも この子は知らないのって。

そうウジウジと悩んでいたら、 彼女にはまったく似合わない 漫画本が家に大量に届いた。 私がほしいほしいと 言っていたシリーズもの。

「私も読んでみたかったの」 いたずらっ子みたいに、 彼女は小さく笑った。 うそだぁ、ほんとうに？ 漫画なんて読むの。

「ふたりの本棚でしょ」

そう言って、 彼女は私には理解できない 難しい本たちをどかして、 壁一面の本棚に 漫画本をサクサク並べた。 きっちりした印象の本と 賑やかな漫画本が、 ちぐはぐに横並び。

「漫画、本棚に合わないね」と モゴモゴしながら言ったら、 「楽しそうで好き」と やさしく返してくれた。 見栄で買ったビジネス本は、 さらに隅に追いやられた。

落ち着いた雰囲気の ブラウンのお部屋。 彼女のツヤツヤの黒髪に、 よく似合っていると思う。 お料理も上手で、 お掃除だって完璧で、 私はなにが返せるかな。

自分の荷物くらいは 整理整頓するぞ！と 意気込んだはずなのに、 いつの間にか ぐちゃぐちゃに 散らかっちゃうし。

さらにその ぐちゃぐちゃを、 私が気づかないうちに 彼女がきちんと 整えてくれてるし。

せめて服のホコリを クリーナーで取ろうとしたら、 なぜか逆に汚くなって 彼女に迷惑かけちゃうし。 なんなのもう、 私はなんにもできないの。

泣きそうな気持ちで バルコニーに逃げたら、 彼女が笑いながら 近くに来てくれた。 いつも許してくれるけど、 いつかは許してくれないかも。 それを思うとこわいよ。

そう言ったら、 ちょっと困った顔で 彼女が言った。 「全然伝わってないなぁ」

私たちはたまに ふたりでお風呂に入る。 彼女は無口なほうだけど、 ここではポツポツと よくおしゃべりしてくれる。

私の傷んだ髪を わしゃわしゃと洗いながら、 彼女はつぶやいた。 「あなたがいるから、 いろいろ元気だよ」

いろいろってなに。 そう彼女に聞いたけど、 それは答えてくれなかった。

なんだよけちーと ふてくされていたら、 なんだかトイレに 行きたくなった。 ちょっと失礼と一言添えて、 裸のままトイレにひょいと。 お風呂のすぐそばにあるから、 こういうときは安心だ。

「そういうとこ！」と 彼女はくすくす 笑っていたけど、 なにがそういうとこなのか よくわからなかった。

いつかはなにかを返したいな。 たくさんのものを 与えてくれる彼女に、 私もなにか、なにか。 むーんと考えていたら、 彼女が笑って手招きした。

「いいから、一緒に寝るでしょ」

いつも彼女の笑顔で、 私の思考はストップしちゃう。 こくんと頷いた私の手を、 彼女がゆるく握ってくれた。 私もぎゅっと、握り返した。

文・くまのなな 東京都在住のフリーライター。1991年生まれ。漫画と水遊びとおもちが好きです。主にツイッターにいます。 @kmn_nana