窓から見える桜に
一目惚れして選んだ家は、
どこかレトロで懐かしい。

内見で「団地なのにメゾネット！」と
はしゃいだ君の横顔に、
こっそりときめいていた僕。

階段をトントンと上りながら
「いいねぇ」「そうだねぇ」と
お互いに言い合って、
同棲生活がスタートした。

同棲1年目が、もうすぐ終わる。
一目惚れしたあの桜が、
あと少しでまた花を咲かせるだろう。

この1年、たくさん喧嘩もした。
「寝ている人がいるのに、
階段をガンガン上らないで！」と
君に怒られたのも1回じゃない。
怒りを爆発させないように、
そろりそろりと忍び足も上手になった。

いつのまにか階段を
掃除する担当は僕になった。
「小さな面積を拭くのはめんどい」と、
大雑把な君は少し気まずそうに言う。

フローリングをワイパーで
くるくる回りながら
楽しそうに拭いてくれるだけで、
おもしろいから充分なのに。
言わないけど、心の中で思ってる。

料理をする君の向こうに、
ふわふわと舞う桜吹雪。
あまりにもしあわせな光景で
ぼーっとその様子を見ていたら、
「見てないで手伝いましょう」と
怒り顔の君にたしなめられた。
ごめんなさい、ちゃんとやります。

どうにも料理は苦手なままなので、
洗い物を率先して担当している。

「蛇口がおしゃれでいいよねぇ」って
君はうれしそうに言うけれど、
正直僕にはよくわかっていない。
「確かに」とわかったフリをして、
いい感じにごまかしている。

「右と左に部屋があるから、
寝室をわけてもいいけど」と
君に言われたときは、
どうやって説得しようと焦ったな。

素直に「一緒に寝たいよ」とは
照れくさくて言えなくて、
「ベッドをふたつ買うのは…
もったいないかもしれないね？」と
それらしい理由でなんとか
同じ寝室をゲットした。やったぜ。

桜が見える南側の洋室に、
ダブルベッドを置いている。

早く寝るのが好きな君を起こすと
「やかましいな…」と怖いので、
布団に忍者のように音もなく入る
上級テクニックが身についた。

もうひとつの洋室には、
ふたりの大量の漫画本と、
小さめの作業台がふたつ。

僕が集めた漫画本を
読んでいるときによく
「一緒に住んでよかったぁ」と
ニコニコ笑って言うのは、
はたしてどういう意味なのか。

僕の「漫画本」と一緒に住めて
よかったという意味なら、
それはちょっと悲しいから
訂正していただきたい。

「鏡にライトがあるからさ、
なんかきれいに見えるんだよね」と
メイクをしながら君は言う。

すっぴんで出かけても
僕はいいと思うけど、
そうやって君に言うと
「メイクしてる意味！」と
複雑な顔をされるから、
おとなしく支度が終わるまで
待つのが正解なんだと思う。
思うけど、やっぱり
たまーに言っちゃうんだな。

お風呂掃除は、君の担当。

「こうやってっ！
ガシガシこするのがっ！
ストレスっ！解消！！」

垢をこすりながら
汗だくになって笑う君が頼もしい。
お風呂がピカピカになるにつれ、
君の表情もスッキリしたものに
少しずつ変わっていく。

なのに、トイレ掃除は
やりたくないらしい。不思議だ。
「こする」で言ったら同じじゃん。

いまいち納得できないまま、
僕はブラシで便器をこする。
いいけどね、別に。

同棲1年目が、もうすぐ終わる。
そろそろ勇気を出さなくちゃ。

窓の桜が咲くころに、
君に伝えたいことがある。

にこりと笑ってくれるか、
それとも感動して泣いちゃうか、
はたまた真顔で首を振られるか。
想像すると怖くなる。

それでも、言いたいことがある。
これからも、一緒にって。
桜の花でいっぱいになるころには、
僕の気持ちを言わなくちゃ。

どうかどうか、
頷いてくれますように。
桜の木に願いを込めながら、
僕は花が咲くのを待っている。