地元の両親に、
渋谷で一人暮らしをするんだと伝えたら、
「本当に大丈夫？」と心配されたので、
「全然大丈夫だよ」と答えた。

でも内心は、こんな都会で一人きり
ちゃんとやっていけるのか
不安で不安でたまらなかった。

地中海ブルーの部屋との出会いは
そんなときに訪れた。

小さな頃、
家族で地中海の国へ旅行に行った。
ギリシャ、イタリア、スペイン、
それからモロッコだったかな。

青と白で構成された、
温暖で光があふれる海の街。
豊かな自然の中で、
のんびりとした時間が流れていた。

あのときに見た風景は、
たしかこんな色彩だったと思う。

そのマンションは
首都高の高架のすぐ隣にある。

笹塚駅からたったの徒歩3分。

これから私は
東京の真ん中で暮らしていくのだ。

背の高いビルや灰色の高架を見上げて
覚悟を決める。

間取りは一人暮らし用の四角い1R。
8.1帖の居室は、都心のワンルームにしては
ちょっと広めなのかな。

玄関を開けてまず視界に飛び込んできたのは
一面の白い壁。それから濃い色の木目の床。

次に居室へ足を進めると、
ブルーのタイルに目を奪われた。

ああ、これは、
あのときに見た、あの色彩だ。

築20年以上と聞いていたから、もっとこう、
古くて暗い部屋を想像していたんだけど。
窓から入る光で
室内はパッと明るい。

太陽の光を反射したタイルが
きらきらしている。

地中海ブルーはキッチンにもあしらわれ、
ぬくもりのある木材や
無機質なステンレスの素材と調和しながら、
空間に彩りを添える。

駅徒歩3分の一人暮らし。
まわりには飲食店がたくさんあるから、
自炊なんかする必要ないでしょって思ってた。
（親には見栄を張って自炊するって言った）

でも、こんなに特別なキッチンなら、
ちょっとだけ料理を頑張ってみようかなって
そんな気分になってきた。

奥にある可動式の棚も、
「良きように使ってください」
ってかんじでなんだか親切だ。

水栓だってほら。
ちょっと海外っぽくて、
触れるだけでも気分があがる。

築年数のこともあって、
水まわりの清潔感が心配だったけど、

トイレも綺麗だし

お風呂は新しくて
小さな窓もついている。

白でキリッと統一しているところが
居室の青とメリハリがあって、
結構好きかも。

天井もなかなかカッコイイのでは。
裸の電球だって潔い。
ダクトレールには、
グリーンの植物なんかを飾ったらどうかな。

よし、
この部屋を両親にも見せよう。
スマホのカメラを起動する。

木材に、黒いドアノブの組み合わせも斬新で。

気になるところをたくさん撮って
次から次へと送信ボタンを押していたら
「写真送りすぎ（笑）」
ってお母さんからさっそく返信がきた。

一人娘の一人暮らしはやっぱり心配みたいで。
防犯は？治安は？ってあれこれ聞いてくる。
過保護だなあ。

オートロックも宅配ボックスもあるし、
ゴミだって24時間出せるんだよ。

だから全然心配ないよ。
大丈夫、大丈夫。

てっとり早いから電話でそう返事をすると、
「出発したときよりも声が明るくなったね」
と嬉しそうに言われた。

そうかな。
うーん……そうかも。

都会の喧騒に飲み込まれそうになったり、
仕事がうまくいかなくてへこんだり、
そんな夜が、
これからきっとたくさんやってくる。

でも、この部屋に帰ってきて、
あの国の太陽や青をイメージしたら
明日からまた頑張ってみようかなって
前向きになれると思うんだ。

一人暮らしが落ち着いたら、
両親をこの部屋に招こう。

そして、
「ほらね、大丈夫だったでしょ」
って笑い合いながら、
小さな頃の思い出話に花を咲かせよう。