ダイナミックな吹き抜けに複雑な構造、 そして斜めに切りとられた開口。 ひと目で特別な家だと 感じさせてくれる印象的な空間です。

設計者は本杉治郎氏。 知る人ぞ知る建築家で、 この家はお兄様のために設計した 住まいだそうです。

L字型のボリュームの中央に、 ザクッと切れ込みの入った 屋根がかかる特徴的な外観です。 もともとは屋根はスレート葺き、 外壁は下見板張りだったようですが、 今は波板鋼板でお色直しされています。

軒下では登り梁と方杖（ほうづえ）が 屋根を支えているさまが見て取れます。 柱を外壁のラインから少しずらして 設けることで、この架構の美しさが より強調されていますね。 最近の建築ではなかなかお目に かかれない複雑な構造です。

玄関を入るとロッジのような 雰囲気の空間が広がります。 ランダムな板幅の作り出すリズム感が、 より空間に暖かみを与えている ようにも感じられますね。

居間は玄関ホールから一転、 高い天井高と対角に設けられた 開口のおかげで開放感も抜群。 床に近い部分は落ち着いた 雰囲気ですが、天井に近づくにつれ、 斜めの部材や開口で軽やかな印象へと グラデーションしていく空間です。

片持ち梁の上下には 角を落としたドアが並びます。 ちょっとした操作ですが これだけでぐっと柔らかな 印象になるからふしぎです。

広い庭には柿や夏みかん、 紅葉の木が植えられていて 四季折々、庭に彩りを添えてくれます。

柱の横にちらりと覗く、 軒先からつり下がって いるものは鎖樋（くさりとい）。 雨樋の一種なのですが、 鎖を伝うように雨水が滴る様子が なんとも涼しげです。 雨の道をあえて 居間の窓の正面に設けることで、 雨の日の庭の美しさにも 目を向けてほしいという 意図があったのかもしれません。

こちらは居間のお隣の食堂。 天井高を抑えた落ち着いた 雰囲気の空間です。 木漏れ日の差し込む中での 食事なんて最高ですね。

1階にはさらに和室が一つ。 シンプルな踏込床（けこみどこ）や 手掛けをデザインに組み込んだ障子が 非常にモダンな印象です。 障子紙の補修の跡すら いとおしく感じられますね。

1階は以上のお部屋に水回りという構成。 和室は客間として使っても いいかもしれません。

玄関から階段を上って2階へ。 高窓から入った光が白い壁に反射して 天窓のようにホールを照らします。

ホールの扉の一つを開けるとそこは 居間と吹き抜けでつながるギャラリー。 突き当りにお気に入りの椅子や オブジェを飾ったり、 1階からも眺められる大きな絵画を 壁に飾るのも面白いかもしれません。

こちらは黄色がアクセントに なった6帖の洋室。 床は合板敷きになっているので、 デスクを置いて書斎にも良いかも。 窓を壁に寄せて配置することで エッジの効いた光が壁を 照らしています。

そのお隣には緑とピンクが印象的な 8帖の洋室が。 こちらの床は絨毯敷きに 張り替えられたそうです。

お部屋の角に設けられた出窓と 隣に並ぶガラス戸の飾り棚が 珍しいですね。 コレクションを眺めていると 自然に視線が屋外へと 移っていきそうです。

2階にはこのほかに和室が二部屋も。 建物全体では4LDKと、大家族でも 十分に対応できそうな間取りです。

建築家の自邸も、実験的な納まりや 考えが反映されているなどして 面白いものですが、 建築家が身内のために設計した 建物には、その中に家族への愛情さえも 感じられる気がしてなりません。

建築家の知恵と愛が詰まったこの家に、 良き住まい手が見つかると うれしいですね。

文・佐藤シュン 浜松で設計事務所をやりながら、黒猫と暮らしています。